映画「レディ・インザウォーター」(シャマラン)のメッセージ

2008年01月11日

小説「クリプトノミコン」(ニール・スティーブンスン著)のメッセージ

クリーブランドの埋蔵金

昨年末、フィリピン政府が財宝探しを許可制とする方針を打ち出したとのニュースが駆け巡ったのをご記憶でしょうか?山下財宝を始めとするこの種の宝探しが、自然環境を破壊し、人身事故の危険性も高いことからの対応とあります。フィリピンの埋蔵金探しはことほど左様に盛んなようです。
<参照>例えば朝日ニュース

アメリカ人による山下財宝探しを題材に著されたエンターテインメント小説が、ニール・スティーブンスンの「クリプトノミコン」(1999年)です。フィリピン政府は許可を受けた者がお宝を見つけた場合は山分けと都合よく決めたそうですが、小説の主要人物アビの目的はちょっと異色です。著者はアビをユダヤ人とし、今後二度とホロコーストが起きないようにするための資金確保をその動機と設定しました。

アビは、既にホロコーストに対抗してゲリラ戦を遂行するための指南書を著しています。このマニュアル書のタイトルが「ホロコースト教育および回避に関する情報集」、略して"HEAP"です。彼は財宝によって"HEAP"を配布し、実践のための準備(つまり特殊な武器を製造したり、ゲリラ戦訓練を施すこと)をするつもりでいます。

私は記事「映画『レディインザウォーター』のメッセージ6」で"HEAP"を採り上げました。同作品の中でもう一つのゲリラ戦マニュアル"The Anarchist Cookbook"が示唆されていたからです。こちらはベトナム戦争時に米政府に武器を持って立ち上がるよう説いた現実のアブナイ書物です。この本を調べるうちに"HEAP"のことを知り、映画の主人公の名が"Heep"だったことから正しく道を辿っているとの感触を得た経緯があります。
(参考)映画「レディインザウォーター」のメッセージ6

その後、同音異綴であることから少し迷いもしましたが、監督のシャマランが発音で遊んでいることから(Jesus ChristとJGs Crunt、an halfとa narf、Heepとhipなど)、この判断が誤りではなかったと今は結論しています。シャマランは"Cookbook"をパン屑にして、観客に"HEAP"への道を指し示していたのです。

正月休みにようやく「クリプトノミコン」に当たることができました。そして"HEAP"が単に一人物の動機に限定されないことを確認しました。もう一人の主人公ランディは「ぼくらが命を賭けてもいいくらいに崇高かつ最良の目的は...”将来のホロコーストを防ぐこと”だ」と言っています。共に発掘作業に当たる牧師イノックは、"HEAP"を批評はしていますが、基本的には同意しており、歴史上何度も人類が突き動かされる戦争衝動(アレス:ユダヤ人迫害を含む)からテクノロジー(メティス:暗号やHEAP銃のことでしょう)によって身を守らなければならないとの独特の信念を抱いています(著者の思想とも思われます)。

もう一人、埋蔵金を埋めた張本人の後藤は、アビから埋蔵金使用目的を聞き、戦争を無くすためならと発掘を引き受けます。最後に埋蔵金を手にする者たちの動機は完全に一致しています。ホロコースト防止がこの小説の鍵となっているのです。

映画「レディインザウォーター」の主人公の姓名は、"HEAP"と"Cleveland"の組み合わせでした。アメリカのクリーブランドに埋められた埋蔵金(石油)を既に掘り出した者がいるのですから、ホロコースト防止のためにわざわざフィリピンまで出かける必要はないのかもしれません。20世紀最大の資産家ロックフェラー家の同意さえあればHEAPプロジェクトは推進できるのです。


*私もホロコーストが今後繰り返されないことを願います。しかしデイヴィッド・ロックフェラーが手掛けていると推測しているプロジェクトには反対です。彼らのやり方は、別種のホロコーストを幾つも引き起こすことになるでしょう。
*繰り返し書いておきますが、ユダヤ人への偏見を煽る意図はありません。


クリプトノミコン〈2〉エニグマ (ハヤカワ文庫SF)

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2007年03月18日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ10

米国宗教解放革命(新しい建国)の欺瞞

先の記事で映画「レディインザウォーター」が海の精ストーリーと、ヨハネ黙示録に終りのときの獣と共に登場する「淫婦」とを重ねていると書きました。改めて聖書の記述とシャマランの描写を比較します。
(参考)映画「レディ・インザウォーター」メッセージ集

ヨハネ黙示録の淫婦に関する記述は次のとおりです。(共同訳)
1.多くの水の上に座っている
2.地上の王たちはこの女とみだらなことをし、地上に住む人々はこの女のみだらな行いのぶどう酒に酔ってしまった
3.赤い獣にまたがっている
4.全身至るところ神を冒涜する数々の名で覆われており、七つの頭と十本の角があった(七つの頭とは、この女が座っている七つの丘のことである。そして、ここに七人の王がいる...)
5.紫と赤の衣を着て、金と宝石と真珠で身を飾り、忌まわしいものや自分のみだらな行いの汚れで満ちた金の杯を手に持っていた
6.その額には秘められた意味の名前が記されていたが、それは「大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしい者たちの母」という名である
7.聖なる者たちの血と、イエスの証人たちの血に酔いしれている
8.あなたが見た水、あの淫婦の座っている所は、さまざまの民族、群衆、国民、言葉の違う民である

次はシャマランによる海の精ストーリーの描写です。
1.マンションでは水が常に床を流れるシャワー室に座りこんでいる
3.赤毛のクリーブランドの体に両足を載せる(子供だからと説明)
4.石油メジャーを暗喩する七人を背後に再生の儀式
5.輝くものに執着(やはり子供だからと示唆)。これを抱え込む、または上にコップ(杯)を伏せる形で収集
7.黙示録のヨハネあるいはクリスチャンを暗喩するファーバーが犠牲になる
8.さまざまな民族、言葉の違う民であるマンション住人に助けられる

上に掲げたヨハネ黙示録の記述は恣意的に選び出したものではありません。そこにここまでの一致が見られるのであれば、シャマランが意図して映画「レディインザウォーター」の主人公ストーリーとヨハネ黙示録の淫婦を重ね合わせたとの主張に無理はないでしょう。欠番2はその後ガイア信仰が世界を席巻した事態を指し示すもの、欠番6は同黙示録が異教の女神崇拝への嫌悪を表明したもの(訳によっては作品が告知で強調した"Mystery"も名前の一部)と理解することもできます。

ここから分かることがあります。シャマランとその背後の人物たちは、ヨハネ黙示録を役割と結末を取り違えたとの理由で非難はしていますが、物語の構図自体は受け入れていることです。一方にヤーウェ&イエス・キリスト勢力があり、他方に三位一体の神(タートゥーティックが暗喩)&ガイア(ストーリーが暗喩、ヨハネが「淫婦」と非難)勢力があって、最後の戦いを交えようとしています。この構図に彼らも異存はなく、むしろ作品は積極的にそこに自勢力を重ね合わせます(ストーリーにしてもクリーブランドにしても)。

しかし、策略好きの彼らは自分たちが信じるこの構図をそのまま人々に伝える気はないようです。映画「レディインザウォーター」で潜在意識に働き掛け(潜在意識レベルでヨハネ黙示録認識を反転させたい)はするものの、観客の顕在意識に構図を理解させる意図は窺えません。彼らは流布させたいストーリーを別に用意しています。それが「終りのときの獣は、クリスチャン・WASP代表を自認するブッシュ・ジュニアである」との物語です。彼らは初めから911事件の全責任をブッシュ・ジュニアに負わせようと考えており、実行内容に敢えて杜撰さを残した上で、時が至れば彼の関わりについての決定的情報をリークしてダメを押す計画なのでしょう。
(参考)映画「レディインザウォーター」のメッセージ9
"666"のメッセージ2 (ヨハネ黙示録を教条的に信じるキリスト教右派と福音派をピンポイントで壊滅させるための証拠写真)

1年前の記事で、映画「アイランド」がユダヤ教とキリスト教のくびきから人々を解放するメッセージを発していると記しました。当時、私は「"抑圧されたユダヤ人の解放革命"をメッセージしている」と狭く解釈していましたが、その後次第に明らかになった彼らの構想から眺めるなら、「アメリカの宗教解放革命」と理解すべきだと今は考えます。アメリカ国民と世界がヒステリックに「ブッシュ的なるもの」、つまりキリスト教を中心とする宗教(とWASP支配体制)を排撃する展開を彼らは望んでいます。
(参考)メッセージジャーナル要旨4(後半部)

真相が隠されたまま彼らの思惑が実現してしまうのか、それとも企みが暴露されるのかは、来年中には世界の人々が知るところとなるでしょう。
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2007年03月11日

映画「マトリックス」のメッセージ2

Matrix2.0(進化する管理システム)

前回の考察を通して、映画「マトリックス」3部作が第一部で「真実」を、第二部で「目的・存在理由」を不確かなものと考えていることが分かりました。その先で主人公ネオが到達したのは、唯一「選択」の価値だけが確かとの認識でした。「選択」は部毎のテーマとは別に、作品全体を貫く「マトリックス」のメイン・テーマです。
(参考)映画「マトリックス」のメッセージ1

「選択」を軸に各部をもう一度振り返ってみます。第一部では、マトリックスを取るか現実を取るかの選択がネオに、そして反乱勢力の各人に課されました。現実を選択したネオ、しかしサイファーは再びマトリックスを選択しました。また現実世界に目覚め活動するネオに、モーフィアスの命を取るか自分の命を取るかの選択が課せられます。結果、ネオはモーフィアスの命を取り、自身はトリニティの愛に救われました。

第二部では、さらにトリニティの命を取るか人類全体の命を取るかの選択がネオに課せられました。過去、5人のキーマン(救世主)が反乱勢力の一掃と人類全体の命の選択で後者を決断させられました。しかしネオはトリニティを選択します。期待された救世主の役割(目的・存在理由)を彼は拒否しました。そして、第三部で自らの命と引き換えに、人類と反乱勢力(ザイオン)の両方を救うことになります。ネオの選択は同時にトリニティの選択でもありました。彼女は自分の命を投げ出してネオを救おうとし、結果としてネオに救われました。

第二部のエンディング、アーキテクトとの対決の場でネオはつぶやきます―「問題は選択だ」。大団円、第三部の決闘シーンで、なぜ戦い続けるのかと問うスミスにネオは答えます―「選択したから」。作品の随所で選択が迫られ、誰もが何かしらの決断を下します。ラストシーンで強調されるオラクルの言葉「信じたから」も、船長ナイオビの言葉「ネオを信じた」も選択を表現しています。
(変数の一つに過ぎないとして選択の価値を認めないのは、目的・存在理由を信奉するソフトウェアたちです。地下鉄で出会ったエグザイルの娘の一件が指し示すとおり、確かにプログラムはそれなくしてはあり得ません。モーフィアスについては前回の記事で触れました)

ウォシャウスキー兄弟の懐の深さは、「選択」についての考察をさらに掘り下げた点に見出せます。オラクルは自分の信じるところに従って主要な登場人物たちを明らかに誘導しています。ネオもその誘導に従ってアーキテクトの前に立ち、奇怪な機械の神の面前に赴きます。そんなふうに誘導された末の選択に価値などあるものでしょうか?オラクルは言います―「私が味方か敵かを知る術はない。私の言葉を受け取るのも拒絶するのもあなた次第」。どんなに影響を受けようと、決断をしたことに変わりはないと作品は言い切ります。

実は、この重要な価値「選択」をいかに管理システムの中に取り込むかを巡るシミュレーションと考えれば、この作品がよく理解できます。第一部では、反乱意思・選択が頑なに拒否されるヴィレッジ型システムが描かれました。これがアーキテクトが説明する初期マトリックスです。第二部では、選択(変動要素)さえも都合よく取り込む安定システムが描かれました。これはオラクルの発案によって改良された新型マトリックスです。そして第三部で描かれたのは、選択・変動要素を外界に隔離して柔軟にバランスを取る次世代マトリックスです。

ネオはシステム基盤に入り込み、自由を望む人々が外界にあって生存を許されるようルールを改変させました。内部においても目覚めた人々は外界へ脱しても良いとアーキテクトは約束します。しかし彼らの計算によれば、選択を行使するのは1%の人々に過ぎません。まさかマトリックス内部で目覚めキャンペーンが合法化されるはずはありませんから、結局は極少数の人々がかろうじて外界での生存を許されたくらいの意味しか持ち得ないはずです。それがどうしてあのような勝ち誇ったエンディングになるのでしょうか?

成就された「革命」も人間にとっての革命ではなく、管理システムにとっての革命だと考えれば了解できます。最初は選択を頑として認めない。例え誰かの構想に基づき世界が特定の方向へ誘導されたとしても、各人が選択したことに変わりはない。そんな理屈で強制的にシステムを始動させ、ともかくシステムを確立する。その後で初めて、段階的に人間の選択を取り込む―彼らは「進化する管理システム」の着想を得たのです。このことは「多元社会の管理」なる矛盾が解決されたことを意味します。彼らにとっては祝祭に価するものでした。

私たちはこのシミュレーションが誰のためのものだったかを知っています。平和な理想世界を招来するためには、その過程で誘導はもちろん、必要とあれば強制や暴力も辞さないと考えているのが誰だったかを知っています。偽りの対立関係を創り出し、共通の目的を追及させるパターンを得意とするのが誰だったか、人工知能に強い拘りを持っているのが誰かも知っています。彼らの尊敬するH.G.ウェルズは、人間が退化すること、自滅することを真剣に恐れました。滅び・破壊の衝動はスミスとして造形され、これを阻止して平和な世界を招来する救世主はネオとして造形されました。自らの命(人生)を犠牲にして、マトリックスと人類を救うネオは、デイヴィッド・ロックフェラーのメタファーです。
(参考)たとえば ロックフェラーのメッセージ2
映画「レディインザウォーター」のメッセージ6

小説「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは選ばれた少数者には、理想世界を築くための善悪を踏み越える権利が与えられていると考えました。彼はそのために金貸しの老婆を殺しますが、その後苦しむのは罪の意識からでなく、踏み越えきれない自分の不甲斐無さからでした。デイヴィッドは有り余る資金と十分な権力を獲得し、さらなる使命を求めてラスコーリニコフの後を追いました。彼は善悪の境界線を易々と踏み越えた上、管理システムまで用意してラスコーリニコフの悪夢(他の理想主義者が現れて世界を無秩序に陥れる)を封じることにしました。

ユダヤ・キリスト教の神ヤーウェは、生命を創造し、自身の恵みを贈与しようと計画しました。全能の神は世界の創造と同時にそれを実現することができたはずです。しかし善意の強制は悪でしかありません。そこで、人間に十分な選択の機会を与えるための「歴史」が創始されます。デイヴィッド・ロックフェラーはそんな選択の重要性を認識しながら、ヤーウェとは逆に最初に強制を置き、その後で限定的に選択を許そうと考えています。暴力から産み出された世界が平和から遠いように(「戦争を根絶するための戦争」が標榜された第一次大戦から世界はどこへ進んだのか)、強制から産み出された世界は選択と自由から遠いのにも拘わらず(自分以外の人間を信じられず人工知能に管理を任せたとしても)。

ドストエフスキーは、善を志向して悪を行うラスコーリニコフに「終りのときの獣(666)」を見出しました。デイヴィッド・ロックフェラーの罪の根源はここにあります。6番目の救世主ネオに自身を重ねた彼はそのことをとっくに自覚していたのでしょう。
(参考)"666"のメッセージ1
映画「レディインザウォーター」のメッセージ4 (「終りのときの獣」に自ら重ね合わせ)

マトリックス リローデッド

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2007年03月10日

映画「マトリックス」3部作(ウォシャウスキー兄弟監督・脚本・製作)のメッセージ1

終わりは始まり、闇は光

先の記事に、デイヴィッド・ロックフェラーの構想「管理された多元社会」は自己矛盾を抱えると書きました。多分この矛盾を最も深刻に捉え、解決方法を模索していたのは、彼のブレインたちだったに違いありません。そのブレインが製作したと思われる映画があります。ブッシュ・ジュニアを「駆逐される独裁者」に仕立てた映画「Vフォーヴェンデッタ」の脚本を担当したウォシャウスキー兄弟が監督する「マトリックス」3部作です。考察に取り掛かるべき時が訪れたようです。
(参考)映画「Vフォー・ベンデッタ」のメッセージ
映画「レディインザウォーター」のメッセージ8

マトリックスとは「子宮」のことです(Wikipedia)。この特殊な子宮を定義すればこうなります―「外部に出ようとしない限り生存と安全が保障される閉鎖世界」。この定義の中に、映画「ヴィレッジ」の村も、映画「マトリックス」の社会も含み込まれます(最近の映画「Population436/邦題"呪い村"」のRockwell Falls村も加えて良いでしょう)。本作第一部でスミスがはっきり語ったとおり(「マトリックスとは管理のことだ」)、この閉鎖世界を管理する仕組みがマトリックスです。

マトリックス世界の構造を整理しておきます。この世界は「安定システム」と「変則システム」、そして「ハードウェア(電源部・機械部)」の3層から成ります。前2者はソフトウェアと括ることができ、ソフトウェアとハードウェアを結ぶ空間(ミドルウェア?)も設定されています(第三部でネオがインド系のエグザイルと出会った地下鉄駅)。従いまして括り方によって層の数は変わりますが、マトリックス世界にコンピュータの構造が投影されていることは間違いありません。

「メインフレーム(ときにはソース)」とも呼ばれる「安定システム」は、アーキテクトという名のソフトウェア(人工知能)によって創り出され、管理されています。その意に従いマトリックスの秩序を保つ役割を与えられているのが、スミスを始めとするエージェントたち(下位プログラム)です。

これに直観プログラム「オラクル」が創始した「変則システム」が対置されます。過去の実験において、「安定システム」は完全を目指した結果、マトリックスを崩壊させてしまいます。そこで人間の心理を探る研究から、敢えて安定を崩す要素を導入することになったと作品は解説します。両システムは衝突しつつ、より上位の安定を目指します。ここからアーキテクトはマトリックスの父、オラクルは母と表現されてもいます。マトリックスはヴィレッジとは異なり動的な(ダイナミック)システムのようです。

変則システムから生じたものがモーフィアスなどの反乱勢力ザイオンであり、作品の主人公ネオです。彼らはオラクルと協力してマトリックス内の不安定要素を刺激し、凝集させます。マトリックスで暮らす人々も反乱勢力も全員が二つのシステム下に置かれています。作品は各部に設定されたキーフレーズに基づき、観客にマトリックスの全体構造を徐々に理解させつつ終極・結論へと導きます。

第一部「マトリックス」は、主に安定システムと変則システムの末端に照明が当てられ、ザイオンもアーキテクトも姿を隠したままです。キーフレーズはネオの言葉「真実とは何か」。マトリックスは現実か否か、ネオが発した疑問に対しモーフィアスは「真実は我々が囚われていること」と返します。現実の虚構、真実への脱出、ネオに関する預言の真偽が柱となって物語が進展します。しかし、作品は真実を手放しで称揚するのでなく、逆にその価値を相対化します。オラクルは平然と嘘を付き、ネオが目覚めた世界が本当に真実の世界かどうかも怪しくなります。

<参照>Metaphilia (マトリックスを考察する上でとても参考になります。反乱勢力は必ずしもキリスト教を体現せず、多元的・多義的であるとも指摘されています。ネオのキーフレーズもモーフィアスの答えも聖書から引用されていますが、余り深入りすべきではないと感じさせます)

第二部「マトリックス・リローデッド」のキーフレーズは、モーフィアスの言葉「この世には変わるものと変わらないものがある」。「変わるもの」=変則システムと「変わらないもの」=安定システムの関係が明らかとなり、マトリックス管理システムが変動要素さえも管理していたことが明かされます。すべては変動要素を一気に壊滅させるためにアーキテクトが仕掛けた罠でした。一方で、エージェントだったスミスが暴走を始め、最大の変動要素となります。スミスもネオもプログラムレベルを超えた存在となり、マトリックスの構造基盤を舞台とする第三部へと引き継がれます。

これと並行して第二部では、「変わるもの」=ソフトウェアたちが執着する「目的・存在理由」と、「変わらないもの」=ネオとトリニティの「愛」が対置され、両者間の戦いが交差します。ネオは最後に愛を選び取り、真実に続いて目的・存在理由をも相対化します。人間モーフィアスがプログラムたちと同様に目的・存在理由に執着するのは皮肉です。彼がエンディングでネオが救世主でないと聞かされ愕然とするシーンが第二部の到達点を象徴します。

第三部「マトリックス・レボリューションズ」のキーフレーズはオラクルの言葉「始まりがあるものには終わりがある」。マトリックス世界を超え人間もソフトウェアも破壊しようとするスミスは「終わり」を体現し、同じくマトリックス世界を超えすべてを再創造しようとするネオは「始まり」を体現します。そして、ラストでスミスが「罠だった」と気づいたように、この経緯すべてを画策したのはオラクルであり、彼女は構想どおりマトリックスを新しいステージに押し上げることに成功します。マトリックス・レボリューションの主はオラクルでした。

終わり・破壊・闇、始まり・創造・光。両者を併せ持つマトリックスの最深部(真のソース)。作品は、闇を破る光が世界を覆う日の出のスペクタクルで幕が閉じられます。あれは本当に光であり、始まりだったのでしょうか?そもそも革命で成就したものは一体何だったのでしょうか?これらの疑問を読み解く鍵は、自由の根源「選択」にあります。次回の考察に続きます。

マトリックス 特別版

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2007年03月04日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ9

ホーリーテラー(聖なる恐怖)

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当時の状況からネルソンが該当する可能性があったため、これまでガイア教に転向した人物を「(某・)ロックフェラー」と曖昧にしてきました。しかしこのような映画が今、製作されている意味を考え併せれば、存命のデイヴィッドに限定して差し支えはないと思われます。そこで以後は明示するものとします。
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ガイア信仰に転向したデイヴィッド・ロックフェラーは、ユダヤ人の安全保障を考える際に、エルサレムとイスラエルに拘る必要がなくなりました。彼は当時(1960年代後半)イスラエルで継起した市民を対象とする無差別攻撃を見て、いくら軍事力で周辺地域に覇権を拡げても、足元のテロに脅かされ続けるようでは、いつまで経ってもイスラエルに平安は訪れないだろうとの結論に至り、イスラエルを見限ったと思われます(コメント1参照)。その彼が視線を転じた先はアメリカでした。

私は前の記事でデイヴィッドRがアメリカを「新しいカナン」と定めたと書きました。カナンは、ヤーウェがユダヤ人に他民族を駆逐せよと命じた地ですから、これは訂正されなければなりません。デイヴィッドRが構想しているのは、多民族が共生する社会であり、イスラエルに代わるユダヤ人の民族国家をアメリカに打ち建てることではありません。彼はそもそも民族主義にホロコーストの根源を見ています。
(参考)映画「ターミナル」のメッセージ集

「多民族国家」アメリカ合衆国は、しかしながら多民族が平等に暮らす国ではありません。この国を支配しているのは「WASP」とオブラードに包んで呼ばれるプロテスタントたちであり、その他の構成員たちは程度の差こそあれ抑圧されています。政界や社会の背後では、WASP対マイノリティの熾烈な戦いが繰り広げられていると越智道雄氏は分析します。
<参照>越智道雄著「ワスプ」(中公新書)

映画「レディインザウォーター」は、それまで戦いの表舞台から身を引いていたデイヴィッドRがガイア転向を機に積極策に打って出る様を私たちに伝えます。そのアメリカ改造プロジェクトの総仕上げが2001年の911事件から始まる一連の重大事件です。WTC(ワールド・トレードセンター)は彼らの新しい希望の象徴と位置付けられ、頻りにその跡地に彼らの思いやプロジェクトの概要を刻印しようと画策しています。その一端は当ブログで報告してきました。
(参考)映画「レディインザウォーター」のメッセージ5 (新タワーでもメモリアル施設でも)

シャマランの上司に当たるロックフェラー家の主席報道官スティーブン・スピルバーグは、映画「ミュンヘン」において、イスラエルからアメリカへの希望の転換をラストシーンに描きました。このシーンは、イスラエルばかりでなく、パレスティナ、イスラム原理主義者、そして米国等々が狂奔する「復讐の連鎖」からの決別をメッセージしたと通常は了解されますが、上の経緯を踏まえると、本当はそうした「戦略」ではなく、「国家」イスラエルからの決別をこそ宣言したものと解釈できます。その決別の直後にWTCが置かれ、彼らの輝かしい未来が示されたのです。
(参考)映画「ミュンヘン」のメッセージ5

デイヴィッドRの狙いは、WASPを徹底的に叩くことです。しかしそのプロジェクトを少なくとも表面上は一貫して仕切るブッシュ・ジュニアがWASPの代表であるのはなぜでしょうか?一見矛盾に感じられるこの配役に彼らの深謀が隠されています。

デイヴィッドRはWASPが支配するアメリカの現行体制を旧体制(アンシャン・レジーム)と見立てます。キリスト教の一元価値が幅を利かせるこの社会では、規範から外れる価値は排斥される傾向にあります。多元的な価値を追求する自由も制限され勝ちです。これを極端に推し進めたのがブッシュ・ジュニアです。元々堕胎や同性愛・同性婚に非寛容だった彼は、テロリズム撲滅を根拠に市民から普遍的自由をさえ奪い始めます。

また、対外的には一国覇権主義の立場を明確にし、米国の権益を諸外国に押し付ける政策を推進しました(実際には米国にマイナスの結果を招来していますが)。大きな戦争を既に二つも始め、アラブ圏を中心に反感を買うことを是認して、世界を「戦争と憎しみ」(「レディインザウォーター」)で満たしています。こうして見ますと、彼は旧体制を一身に体現する人物、いえ、むしろ極端にデフォルメされた人物と言えます。

HGウェルズは「革命後に駆逐される独裁者」を小説「ホーリー・テラー(聖なる恐怖)」に描いています。世界革命を常に思い描いていたウェルズは、革命成就のためには独裁的に革命を立ち上げて旧体制を容赦なく破壊するカリスマの出現を必須と見ました。しかし一旦革命が軌道に乗れば、カリスマは却って邪魔となり、駆逐されるべき存在となります。後は社会の建設者たちの地道な活動に委ねられます。
<参照>k-m industry(黒森牧夫氏サイト)「聖なる脅威」 (コメント3,4参照)

何度か指摘したようにデイヴィッドRたちはウェルズの思想(あるいは小説)に強い影響を受けています。彼らは、この駆逐される独裁者を、さらに旧体制の体現者に仕立て、このカリスマが極端な政策を実行した後に駆逐されるダイナミズムを利用することで旧体制を打倒しようと考えているようです。社会の反動を引き出すためのカリスマです。彼らが嘘の敵を自ら作り出したのと同じ性質のトリックと思われます。
(参考)ロックフェラーのメッセージ3

こうして考えると、余程彼らに誑かされたのでもない限り、ブッシュ・ジュニアがキリスト教を奉じている可能性は低いと思われます。彼は多分自覚をもって「駆逐される独裁者」の役回りを引き受けたのでしょう。その第一歩が「ボーンアゲイン」体験の偽装(1984年)だったのではないでしょうか。彼はキリストを信じてなどいない預言者、つまり「偽の預言者」と疑われます。
(参考)フィクサーと新世界構想4 (キリスト教の簒奪―イエスキリストをアメリカと言い代えさせている)

現時点の状況を見渡しますと、まだ負のエネルギーは極限に至っていないようです。近々もう一つの重大事件が発生し、ブッシュの悪徳はさらにヒートアップすると私は予測しています。それから革命が来ます。堰を切ったようにブッシュの悪だくみが暴露され、人々はヒステリックに叫びながら「ブッシュ的なるもの」を排撃しようとするでしょう。旧体制の歪みを体現するブッシュ・ジュニアが打倒され、対極にある世界(多元的社会という名の精神のカオス)が、こちらもかなり極端な形で招来されることになります。
(参考)カテゴリー「新しい南北戦争(The American New Civil War)」 (整理し切れていません)

私たちが彼らの思惑に嵌まってしまえば、本当の恐怖(テラー)はそこから始まります。

ワスプ(WASP)―アメリカン・エリートはどうつくられるか

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2007年02月25日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ8

世界のオルタナティブ・ハーフ

これまでの記事で、"Cleveland"が「ロックフェラー(ファーストネーム不詳)」を、"JG Scrunt"が「イエス・キリスト」を意味することが明らかになりました。では海の精の呼称"Narf"は何を表すのでしょうか。名前に異常な拘りを見せるシャマラン(スピルバーグとの相似性)が、作中、多分最も頻出するこの名前を適当に付けたはずはありません。
(参考)「レディ・インザウォーター」のメッセージ集

妖精"ニンフ(Nymph)"にも似た"ナーフ(Narf)"は、一般には「意味のない俗語(スラング)」とされています。ネットで検索すると大抵後ろに"!"が付けられて感情の高まりが示されます。作品の早い段階で、登場人物のスモーカーたちが何か面白い流行り言葉はないかと議論していますから、これが扉であることは間違いありません。

初出かどうかは分かりませんが、この感嘆詞"Narf"とアメリカのTVアニメ"Pinky and the Brain"が深く関係しているのは確かです。スピルバーグ監督作品のこのアニメは、世界支配を企む二匹のマウスを主人公に、毎回異なる陰謀話を面白おかしく展開します。では、映画「レディインザウォーター」はこの作品との関連を示して、作中に「ロックフェラー」を発見した観客に一杯食わせる腹づもりでしょうか?
<参照>カートゥーン横丁 (日本の紹介サイト)
"All You Need Is NARF"(ユーチューブ動画)
*"Pinky and the Brain"(1995-1998)は、スピルバーグとデイヴィッド・ロックフェラーの最初の接点と思われます。これはこれで研究が必要です。

しかしもしそうなら、ロックフェラーを悪の権化として描けば事足りたはずです。何も彼の善人ぶりをアピールする必要などなかったのです。しかも既に私たちは、映画「レディインザウォーター」の中にヨハネ黙示録を見出し、その倒立像にまで辿り着いています。その像をサブリミナル手法を使って観客の潜在意識に刷り込む現場まで押えているのですから、そこで「いや、あれは冗談で...」などと言い訳できる状況ではもはやありません(特にアメリカでは)。

まだ不十分です。アニメは扉に施された迷彩模様に過ぎません。ここ1週間ほど悩み抜いた末、私はようやく"a narf"は"an half"(文法間違い)の発音通りの表記であるとの見解に出会うことができました(作中、スモーカーたちの造語は"Baby's on the half tip"で、やはり"half"が入っていました)。掘り当ててみれば、NarfもJGScruntと同じ発音絡みの言葉遊戯でした。そして、これを映画「レディインザウォーター」の主人公の名前の由来と考えれば、作品の根底に横たわる思想、世界観を説明できることに気づきました。
<参照>wikitionary解説

作品のイントロで人間とナーフとの関係がこう説明されます。「昔、人間と水の存在は結ばれていた。人間は水の存在が語る予言に耳を傾け、予言は成就した。そのうち所有欲は人間を内陸へと進ませ、二つの世界は分離した。導き手を失った人間は戦争に明け暮れるようになり、その様を嘆いた水の存在は語りかけを再開した。しかしそこには獰猛な獣がおり、人間世界を訪れた多くの若者が毒牙に掛けられた。そして新たに今...」(趣旨)

私たちは、この冒頭の言葉が意味するところの幾つかを知っています。予言とは「ガイアが授ける神託」のこと、獣は古代の神々を異端とするイエス・キリストとキリスト教のことでした。新たに注目したいのは、「以前は世界は一つだった」との趣旨の言葉です。それが分離したところに現代の悲劇の原泉があると説明されています。

ここから彼らの世界観が分かります。つまりこうです。「一つの完全な世界(ガイア)が半分づつに分離してしまった。世界が再びガイアの下に統一されなければ、人間は争いの果てに滅びてしまう。人間を救う試みを、もう一つのハーフの住人たち(ガイア勢力)が命を賭して行っている。これまではキリスト教により阻止されたが、現在、最大の働きかけが行われている」

ここに鏡があります。鏡のこちら側は、争いと憎しみが支配する人間の世界です。そしてあちら側は平和と愛、寛容と連帯に満たされた彼らの世界です。前者は一元論&唯一神の世界、後者は多元主義&汎神の世界。作品は、あちら側の世界を交換可能な世界(オルタナティブ・ハーフ)として観客に提示し、こちら側とあちら側を入れ替えるよう誘いかけています。

なるほど、主張としてはあり得ます。スピルバーグはユダヤ人の生存を確保する要件に多元主義を掲げ、その世界観を映画「太陽の帝国」に描きました。しかし同時にそれだけではどうしようもないことにスピルバーグは気付いています。なぜなら、一元論も多元主義の中では存在が許されなければならないからです。どこまで行っても、多元主義から確固たる多元世界は産み出されません。
(参考)映画「太陽の帝国」のメッセージ

これに対し、デイヴィッド・ロックフェラーは異なるアプローチをしました。彼は理想世界を招来するためなら、暴力を伴う強制も躊躇しません。それがロックフェラー家の信念です(初代JDも石油事業者の理想形を実現するためにはどんな手段も厭いませんでした)。彼は言います。「どんな手段を行使しても多元社会を創出してしまえば良い。そして一旦成立したこの社会を脅かす要因(特に一元論)は強制的に排除すれば良いではないか」そこに矛盾があろうと彼には関係がなかったのです。(協力しているところを見ると、結局スピルバーグもこの見解に同意したようです)
(参考)ロックフェラーのメッセージ1
映画「レディインザウォーター」のメッセージ6

ロックフェラーが創造する世界は、参加を強要され、かつ管理された理想世界です。彼の意向に沿っている限り多様な価値・見解が許されます。しかし一旦そこから逸脱すると途端に管理人ロックフェラーが牙を剥きます。これはギリシャ神話に描かれたガイアの姿に他なりません。
<参照>TEOPOLIS「GAIA」

ロックフェラーの箱庭(あるいはヴィレッジ)でのみ許される自由と生存―私は絶対に嫌です。
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2007年02月24日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ7

全のコスモと多のポリス

映画「レディインザウォーター」の最初の記事で「物語は人々に方向と秩序を与える」と書きました。そしてガイア女神に宗旨替えしたデイヴィッド・ロックフェラーが世界を経営する装置として「物語」を重視しているとも書きました。その物語は既に私たちに与えられています。先刻お気づきでしょう―ガイア理論です。
(参考)「レディ・インザウォーター」のメッセージ集

ガイア理論は1969年にネーミングされた当初から宗教的装いを帯びていました。科学界はまず、地球環境を一個の人格のようなものとして取り扱う姿勢に反発し、理論の中身そのものを冷静に評価することはありませんでした。しかし一般の人々は、宗教的ニュアンスに抵抗がなかったばかりか、まさにその点に魅力を感じたのです。

1975年頃にマスコミで紹介されて以降、ガイア理論は時代の寵児となります。当時のマイノリティ革命の渦から出現したヒッピーやネイチャー愛好家の感覚に適い、科学理論というよりブームとなって社会を席巻したことはご存じのとおりです。この状況を秋元勇巳氏は「ガイアを女神に祭り上げようとする大衆の好意的誤解」と的確に解説しています。
<参照>ジェームズ・ラブロック著「ガイアの復讐」秋元勇巳巻頭解説

秋元氏が「(ラブロックは)『ガイアは検証可能な科学的理論を内包する最初の宗教となり得る』と直感(した)」と書いたとおり、ガイア理論は、本質的に科学と宗教の混合物でした。民族と結びつく宗教を世界から駆逐したかったロックフェラーにとっては、好個の思想だったのです。民衆には民族の毒を取り除いた似非宗教を与え、自身は真正のガイア宗教を奉じる―この形こそが彼の狙いであり、民衆は期待通りに反応してくれたのでした。

実は、ラブロックの理論そのもの(1960年代に構築)は、生物が受動的に環境に適応するとした従来の進化論を修正し、「生物は能動的に環境を改変する」とした点に核心があります。ここにロックフェラーは、神を待ち続けることをやめ、自力で生存環境を改変する自己の行動を正当化する一種の科学的根拠を見出したのではないでしょうか。ラブロックとロックフェラーの最初の接点はそこにあったろうと思われます。
(スピルバーグ監督作品「マイノリティリポート」では、「生物は生き残るためなら何だってする。運命を変えることも、人を傷つけることも」と明瞭にメッセージされます)

後には自身、宗教的側面を積極的に評価するようになるラブロックも、「蠅の王」のウィリアム・ゴールディングから名称に「ガイア」を冠するようアドバイスされるまで、人格的地球環境への意識は希薄だったと想像されます。むしろ、ロックフェラーが理論の中に先の宗教面や、民衆に民族国家からの離脱を促す世界市民(コスモポリタン)意識発芽の触媒を見出し、これを強化すべく働き掛けたと考えるのが妥当ではないでしょうか。(ゴールディングとロックフェラー家との関わりは要調査)

さて、まだ続きがあります。ロックフェラーが世界に与えた物語はガイア理論だけではありませんでした。私たちに伝えられるガイア女神は、ガイア理論が指し示した大地の化身という性格とは別に、多様な子孫を生みだす神々の始祖という性格を併せ持っています。つまりホリスティック(全体論的)な構造の中に多様性を内包するのです。ここが一神教のキリスト教やユダヤ教とは決定的に異なる点です。

「全」についての物語が「ガイア理論」だとすれば、「多」についての物語は1968年の「マイノリティ革命」と考えられます。それまで抑圧されていた黒人、エスニック、平和主義者、少数意見保持者、都市アウトサイダー、女性、学生が一気にマジョリティに対して抗議の声を上げたのです。それはガイアからありとあらゆる神々が産み出された状況さながらでした。
(参考)「1968年のメッセージ1」

ロックフェラーはガイアの思想を世界に広め、世界の構造そのものをガイアの思想に合致させたかったようです。この二つのムーブメントが紡ぎ出す社会は、多様性に満ちた社会(脱民族国家)と緩やかな包括権力(ビッグマダム)に特徴付けられた社会です。その「新しいコスモポリス」において、ユダヤ人はついに安全を手に入れることができるはずです。史上例のない巨大財団運営を通して世界に影響を及ぼすノウハウはJDロックフェラーの時代から十二分に蓄積してきました。継承者デイヴィッド・ロックフェラーにとっては実現可能な、そして資産やエネルギーを投下する真に価値のあるビッグ・プロジェクトだったに違いありません。
(参考)「HGウェルズのメッセージ」

二つの物語は40年後の現代とシンクロします。ガイア理論は切迫度を増して「地球温暖化問題」へと姿を変えました。ラブロックも「ゴドー(神)を待つゆとりはない」と私たちを煽り(上掲書)ます。かつてHGウェルズが核の管理を世界政府の主任務と位置付けたように、今や二酸化炭素排出管理が新たな世界的使命に格上げされそうです。アメリカでマイノリティ大統領が多元主義社会の旗を掲げ(コメント1参照)、国際社会ではアル・ゴアが地球環境問題の旗を掲げて行進する様を私たちは近々、目撃させられることになるのでしょうか。
<参照>田中宇の国際ニュース解説「地球温暖化のエセ科学」

1968年から40年後の今日、ツイン・プロジェクトの完成が近付いています。マダム・ナーフ帰還の準備が整ったようです。

*前回予告の記事順を変更させていただきました

ガイアの復讐

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2007年02月17日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ6

世界管理人のマキャベリズム
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映画「レディインザウォーター」は多くの秘密を隠し持ち、観客の潜在意識に影響を与える危険なサブリミナル作品です。今回はその秘密を読み解く6本目の記事です。初めて訪れてくださった方にはメッセージ1から順にお読みいただくことをお勧めします。
(参考)映画「レディインザウォーター」のメッセージ集 (一旦下まで降りてください)
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映画「レディインザウォーター」のクリーブランドがロックフェラーだったとして、彼がユダヤ人の安全保障を気に掛けているとは、作中のどこにも触れられていないと思われた方もいらっしゃるでしょう。その点は確かに、スピルバーグ作品や911事件に関係する多様な情報を総合的に判断して辿り着いた私見です。しかし、シャマランがそのこともちゃんと作品に織り込んでいたことに気付きましたので、早速報告します。

主人公ストーリーが人間の世界を訪れたのは、後に世界を変える重要な本を著わす作家(ガイアの器)を鼓舞するためでした。本のタイトルは「クックブック」"CookBook"。料理本としか思えないその本は、痛烈な社会批判の書です。意外にも、この書籍を指し示しているとしか思えない、タイトルも内容も全く同じ書籍が実在しました。"The Anarchist Cookbook"(Anarchistは「無政府主義者」の意)です。知る人ぞ知る本でもあり、ここは他に比べて分かりやすいサインと感じられます(google.comにて1件、コメントのやり取りの中での言及を確認)。
<参照>Wikipedia「The Anarchist Cookbook」
*テキストをダウンロードできるようですがお勧めはできません

Anarchistcookbook













Wikipediaによれば、"The Anarchist Cookbook"は「ベトナム戦争を遂行するアメリカ政府への抗議」(protest against the United States government over the Vietnam war)を目的にウィリアム・パウエル(William Powell)が著した「テロのためのマニュアル」書です。テロ活動の様々なレシピが紹介されたこの本の要諦は「暴力を政治変革の手段として認める」(violence is an acceptable means to bring about political change)ことだそうです。

そのまま911事件に直結しそうな主張がなされているこの”社会批判の書”は、私が作品が重視する時間と推定したまさに1970年に出版されています(儀式・転向はやはり1960年代後半と見ます)。映画「レディインザウォーター」は、ここから十数年後にある人物が感銘を受け、彼が大統領となってその思想を具現化するとしていました。確かにブッシュ・ジュニアが登場し、暴力(911事件)を手段としてアメリカの政治変革を推進しており、そうであれば彼の目的はアメリカを無政府状態に陥れることとなります。少なくともブッシュ・ジュニアがアメリカを弱体化させているのは事実でしょう。
(参考)映画「Vフォー・ベンデッタ」のメッセージ2 (今後の計画を素描している作品です)
<参照>国際ニュース解説「イラク開戦前と似た感じ」(米国を意図的に弱体化させているとの田中宇氏の分析。氏は背後に多極化をメリットとする国際資本家の存在を感じている)

シャマランの落としたパン屑を追ってもう少し先へ進むと、私たちはもう一冊、同種の戦闘マニュアルに出会うことができます。"Holocaust Education and Avoidance Pod"というタイトルの、こちらはSF小説(「クリプトノミコン」/未読)に登場する「架空の本」です。wikipediaによれば、「ジェノサイドや民族浄化の被害を受ける恐れのある人々を対象としたゲリラ戦マニュアル」で、ホロコースト生き残りのアメリカ人科学者が将来のホロコーストに備えて著したとの設定だそうです。
<参照>Wiki「Holocaust Education and Avoidance Pod」

さて、私たちはキーワードに辿りついたようです。そしてミスター・クリーブランドが「ホロコーストが再現されない世界の構築」を願う人物であることも同時に明らかになりました。なぜなら、シャマランが例によって「正解」と合図しているからです。"Holocaust Education and Avoidance Pod"の略称はHEAP(ヒープ)。管理人クリーブランドのファミリーネームです。"CookBook"から出発した道がこうして"Cleveland Heap"へと帰ってきました。(コメント1参照2007/2/25)
(参考)小説「宇宙戦争」のメッセージ (SF好き、言葉遊び好きも彼らの特徴)

クリーブランドが「管理人」とはまた練られた設定ではありませんか。ロックフェラーはきっと「世界の管理人」になりたいのでしょう(しかもそれまでの神とは違って、甲斐甲斐しく働く管理人に)。シャマランが映画「ヴィレッジ」に描いた小さな理想世界を実物大に広げることを彼は望んでいるのです(あの広大な自然公園を管理しているのは誰の設定だったでしょうか?)。

仮にこの動機が真正なものだったとしても、暴力のない世界を築くために暴力を行使するという考えは倒錯しています("The Anarchist Cookbook"そのまま)。911事件から立ち上げられた世界はどこまで行っても悲しみと無念さを引きずった世界です。そのどこに理想と平安があるでしょうか?
(そう言えば「ヴィレッジ」では犯罪者は容赦なく処刑されました。この伝で行けば彼らが真っ先に罰を受けることになりそうです)

デイヴィッド・ロックフェラーは、ホロコーストの原因を民族主義の存在そのものに求めました。彼はこの考え方に基づく思想や政治・社会を尽く粉砕する決意でいます。そのために彼が世界に提示した「物語」については次々回辺りで記事にできると思います。その前に、アメリカ合衆国における「ユダヤ人安全保障体制」について書かなければなりません。次回に続きます。

それにしても、デイヴィッド・ロックフェラーはリーズのご隠居とは随分異なる選択をしたものです。

クリプトノミコン〈4〉データヘブン

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2007年02月16日

映画「レディインザウォーター」のメッセージ5

ピュティアの水盆

前の記事で、シャマランはヨハネ黙示録の鏡像(反転像)を観客の潜在意識に見せていると書きました。映画「レディインザウォーター」は概念だけでなく、現実の「鏡」や「鏡像」にも拘ります。3つの鏡の前に立つ主人公ストーリー、鏡の中の獣スクラント、印象的なカットが脳裏を過ります。中でもシャマランが強い拘りを見せるのが「水面の反射像」です。

シャワーを浴びる主人公ストーリーとクリーブランドが向き合うシーン(右半分がストーリーの反射像)、何かしらの風景や人物を常に映し出すプール、クライマックスシーンはそのプールの水面に映る鷲です。そして、DVDに収録されているメイキング編のタイトルはそのまま"Reflections of..."。メイキングのタイトルとして違和感のないこの単語の意味は、直前の映像が水面に映じた倒立人物像であってみれば「(水の)反射」としか取れません。

なぜそれほど「水のリフレクション」に拘るのでしょうか?水の精の物語に相応しい映像表現だからですか?それもあるでしょう。しかしここまで作品の意図を掘り下げた私たちはもっと本質的な答えを見出すことができます。写真をご覧ください。

oracle












日経サイエンス2004年1月号「『デルフォイの神託』の秘密」より
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/item.php?did=55401

デルフィで神託を”読む”巫女(ピュティア)のイメージ画です。私が調べたところでは、ピュティアは憑依状態で神託を”語る”はずですが、この画のように水盆を使って、水面に映じた像を頼りに神託を”読む”形も確かにあったようです(有名な女神テミスとアイゲウスの皿絵もその数少ない例です)。
*若い女性が座る台座にもご注目ください。これが例のトライポッド(脚長1mほどの三脚)です。

彼らが拘っているのは、この神託のスタイルでした。私たちは彼らに付き合わされて、シーンのそこここで神託の水盆に映る像を覗き込んでいることになります。なるほど雨は欠かせない装置でした。(彼らが表現メディアとして「映画」を好むのも同じ理由からかもしれません)

私が1年半に亘って研究しているスピルバーグも鏡像に拘っていることには気付いていました。「ターミナル」ではドアのガラスに映る主人公とアメリカの街(作品のシンボルイメージ)、服飾店のショーウィンドウを使った小粋なファッションショー(水のない噴水から広がる水紋風照明もありました)。「ミュンヘン」ではショーウィンドウを使って印象的な心理演出が施され、「宇宙戦争」では宇宙人が街を破壊する様子がやはりショーウィンドウに映し出されます。
(参考)映画「AI」のメッセージ2(水そのものにも強い拘り)

スクリーン上だけではありません。実は、意外なところに同じ拘りを見出すことができます。ニューヨークのWTC(世界貿易センター)跡地に建てられるメモリアル施設です。(ここ1年くらい引っ掛かっていたもやもやが今回解消されました)

reflecting_absence







"Reflecting Absence"(不在の反映)と名付けられたこの施設は、二つのプールと地下室へと流れ落ちる滝で構成された水の施設です。プールは周囲の建物を水面に映し出し、そこにWTCが映らないことを訪問者に認識させます。施設はそこから命名されたようです。
<参照>MSNBCニュース(是非右サイドのスライドショーもご覧ください)
日本語の記事はたとえば j.peopleニュース

私は911事件をデイヴィッド・ロックフェラーによる米国の内部犯罪と見ています。世界貿易センタービルはデイヴィッドと兄ネルソン(故人)によって構想され建設された施設です。勝手知ったこの施設を彼らは標的に選びました。WTC崩落後も彼は影響を及ぼし続けています。改めて施設パースを眺めていると、映画「レディインザウォーター」の舞台そのものにも見えてきます。
(参考)グランドゼロのメッセージ2

WTC跡地にガイア神託所は要りません。
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2007年02月14日

映画「レディ・インザウォーター」のメッセージ4

リべレイション・インザミラー(反転の黙示録)

サブリミナル効果という言葉があります。潜在意識に与えられたイメージや言葉は、顕在意識が関わることができないために人が抵抗できない状態になることを言います。人間の自由を奪うこの手法を使った広告や宗教は当然非難の対象となります。映画「レディ・インザウォーター」はまさにそのサブリミナル作品です。
(参考)映画「レディ・インザウォーター」メッセージ集

作品を観られた方は、どこかで引っ掛かりを感じませんでしたか?私はその引っ掛かりを手掛かりに、映画「レディ・インザウォーター」に「ロックフェラー」が隠されていることを確信しました(メッセージ1参照)。しかしgoogle.co.jpやgoogle.comで検索してみても、この作品をロックフェラーと結びつけて解釈しているウェブページは見当たりません。もし私が見つけたような何らかのトリックが仕込んであるなら、なぜ製作者側はそれを仄めかさないのでしょう?ラジー賞(最低映画賞)の屈辱を甘受してまでも彼らが沈黙を貫くのは、観客が真意を理解しない方が都合が良いからです。(コメント1参照)

潜在意識にわざわざ偽の情報を刷りこもうと考える者はいません。サブリミナル映画だと分かれば、作品から伝えられる情報は完全な事実とは言えないにしても、製作者側の認識そのものであると判断できます。情報撹乱や情報誘導を目的に製作された911事件に関わる諸作品とは異なり、この作品は彼らを覆い隠す殻の破れ目となって私たちに多くの情報を開示してくれます。
(参考)911情報撹乱作品は 映画「ソードフィッシュ」のメッセージ など

前置きが長くなりました。メッセージの内容を整理しましょう。映画「レディ・インザウォーター」はロックフェラー(ファーストネームは特定せず)がヨハネ黙示録に登場する「終りのときの獣」であると堂々と認め、その信仰対象が「ガイア女神」であると明かしています。その上で、ロックフェラー一党がヨハネ黙示録に描かれたような「悪」ではなく、平和を心から希求する善意の者たちだとメッセージします。(メッセージ1〜3参照)

悪が善に転換されたなら、入れ替わりに善も悪に転換されるのが道理です。女神の敵だった獰猛な獣「スクラント(Scrunt)」はヨハネ黙示録では善なる存在に違いありません。主人公ストーリー(ガイア女神)は帰還の前夜、管理人クリーブランドが獣スクラントと向き合ったときに「J.G.Scrunt」と口走ります。一応「特別なスクラント」と前振りはされているものの、この呼び方は唐突過ぎます。そこで区切りを動かしてみます。「JGs crunt」―これを呟いてみてください。「ジーザス・クライスト」に近い音となるはずです。彼らは同書で自分たちが獣と書かれた報復に、自分たちの物語ではイエス・キリストを獣に変えて登場させたのです。

ブルーワールド(主人公ストーリーの国)の支配者、猿のような姿のタートューティック(tartutic)は何者でしょうか。これはガイア側の存在なのですが、父なる神ヤーウェに似ています。まず3体にして名前は一つ(三位一体でしょう)、見た者は死に定められます(とメイキング編は解説しますが、レジーは生きていますね)。違いは生まれてすぐ父親を殺したとされる点。名前から判断すると、ガイアの兄に当たるタルタロスという名の「奈落(の底)」と推測されます(ただしタルタロスはカオスを殺していません)。彼らの描写によれば、ヤーウェと対をなす神のようです。

従って全体像はこうなります。一方にイエス・キリストとヤーウェが立ち、他方にガイアとタルタロスが立っています。両者は対立関係にあり、まさに最後の決戦に臨もうとしています。ヨハネ黙示録は前者を善、後者を悪として描き、映画「レディ・インザウォーター」はその丁度逆の構図を描きます。西洋世界が2000年間大切に守り通した物語の役割を逆転させ、シャマランは究極のどんでん返しを披露しています。意外性が全くないと評された作品のこれが真実です。

当ブログでは米国ステイツジャックを目論むデイヴィッド・ロックフェラーたちが、ヨハネ黙示録の結末をすり替えようとしていると警告してきました。スピルバーグ作品から導かれたこの推論が決して私の思い込みではなかったことを映画「レディ・インザウォーター」は証明しています。これで仮説がまた一つ検証されました。ハリウッドの映画人たちが揃っていたずらをしているのでしょうか?そうなら良いのですが。
(参考)「マイノリティリポート」のメッセージ
メッセージジャーナル要旨3

映画「レディ・インザウォーター」は、評論家ファーバー(Harry Farber)を嘲笑し、処刑します。それはもちろん、悪役と善役を取り違えたヨハネ黙示録の記録者に向けられた怒りに他なりません。ネット検索してみると「Harry Farber Christian」がヒットします。それだけでは何の根拠にもなりませんが、恨みがキリスト教徒全体に向けられていたとすれば尚更納得です。彼らの憎しみは、ヨハネ・クリスチャンを事もあろうにイエス・キリストであるスクラントに殺させ、そのイエス・キリストをタートューティックに奈落の底へと引きずり込ませます(奈落は罪人が送り込まれるところ。ヨハネ黙示録ではキリストの敵たちが黄泉に投げ込まれます)。

観客は、顕在意識にはお伽話を見せられ、潜在意識には想像もしなかったヨハネ黙示録の倒立像を見せられています。私たちはファーバー扮するヨハネ・クリスチャンの滅びを笑い、スクランツ扮するイエス・キリストの転落に胸を撫で下ろすのです。魂はひたすら無抵抗で倒立像のイメージに浸され続けます。目覚めの合図をいつまでも待つ催眠術に掛ったままの人のようです。

私たちには自分の判断で物事を選択する自由が与えられています。その自由をロックフェラーはこうして易々と蹂躙します。シャマランはこの作品を就寝前の子供たちに読み聞かせるお伽話として作りました。絵本まで製作したというのですから、本気で子どもたちを毒牙に掛けるつもりでいます。

これがロックフェラーの流儀、本性です。いくら善良そうに語りかけられても、いくら私たちに民族融和と平和が与えられても、彼らが構築する世界、ブルーワールドは、所詮はジョージ・オーウェルの「1984年」の舞台オセアニア国でしかないのです(「オセアニア」は「海」の神オケアノスが語源。オケアノスはガイアの息子でタイタン族の一人)。
(参考)ロックフェラーのメッセージ3

さて皆さん、卑劣なこの手法も、メッセージを意識するだけで無力化できます。久々にトラックバックをしようかと思います。気分を害されたらごめんなさい。
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映画(劇場公開・DVD・ビデオ)、書籍、ニュース、キャンペーンなど、メディアを通して表現されたものからメッセージを抽出し、隠された意味や表現者の意図を探ります。

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