映画

2008年01月26日

映画「2001年宇宙の旅」(スタンリー・キューブリック製作)のメッセージ2

死を相対化するアングル

アメリカという国はいつも「死の恐怖」に怯えています。そのため、互いに対して(隣人同士、国民同士)、また他国に対して攻撃的に振舞います。とは言え、こうした姿勢がかの国に限ったものかと言えばそうでもありません。程度の差はあれ、それは現代人の魂底に横たわる闇であるに違いありません。その意味で、死の恐怖を克服した人間を未来への希望として登場させた映画「2001年宇宙の旅」に現代の闇を破るヒントを探る試みは無駄ではないでしょう。
(参考)映画「2001年宇宙の旅」のメッセージ

死の恐怖に駆られ、乗員を殺害したのはHAL9000でした。この人工知能は宇宙船の到る所に目を持ち、いわば全世界を監視しています。しかし、その対象は「自分自身以外のすべて」だったことに気付かされます。こう考えてみましょう―もしHALが乗員を宇宙のかなたに跳ね飛ばす自分自身を見ていたら?HALはその行為が本当に間違っていなかったか省りみることができたのでは?ほんの小さな疑問なり、混乱なりが起きれば、人工冬眠中の他の乗員を冷静に殺害することはできなかったのでは?

このような想像をしてみるのは、死の恐怖を克服してスターチャイルドとなった宇宙飛行士ボーマンが自分の老いと死を第三者の目で眺める情景が映画に描かれているからです。客観から主観へと彼は視点を何度も切り替えます。不思議な部屋に来る前に通過した空間で見せた感情の高まりと混乱は、そこでは決して再現されません。死の床で彼の魂を占めるのは、恐怖ではなく、石板への確かな希求でした。

ご承知のとおり、イエス・キリストは磔刑による死を宣せられます。その運命を知るキリストの前夜の姿を追うシーンから始まるのが映画「パッション」でした。驚くべきことに、このときイエスは死の恐怖に駆られています。「父よ、できることなら、この杯(刑死)を私から過ぎ去らせてください」イエスのその苦しみが尋常でなかった様子が福音書からもはっきりと読み取れます。

イエスはその気になれば、運命から逃げ出すことも、迫害者と戦いを交えることもできたはずです。しかしそうはしません。イエスは恐怖を克服してこう呟きます「わたしが願うことではなく、あなたの御心が行われますように」―父なる神の視点から自分の死を、その意味を見詰めることができたからです。

死に行く自分。それを見るのが自分自身の目だけなら、人は恐怖に駆られる他ありません。この運命から何とか逃れられないものか。無神論者なら、それは自分の消滅を意味するかもしれません。そうなればこれまでの生さえ虚しくなる。たとえどんな手段を使っても最悪の事態を回避しなければ。(映画「アイランド」と映画「マイノリティリポート」で全く同じセリフ「生き残るためなら何だってする」が使用されます。これがスピルバーグとその背後にいる者たちの死生観です)

しかし、そこに他者の目が加わると、死の相対化が始まります。死が何らかの意味を持つ可能性がそこから見えてきます。死のそばには別の生があるかもしれない。少なくとも誰かの肥やしくらいにはなるだろう。そして、その他者が絶対他者なら、その価値は最大となります。何しろ、一つの死からは多くの実が結ばれ、すずめ一羽の死さえ神の手の中に置かれることが約束されているのですから。

無価値な死はなく、従って無価値な生はない―こうして人は死を受け入れることもできるのです。

(参考)映画「アポカリプト」のメッセージ

収録時間:148分
レンタル開始日:2001-08-23

Story
『2001年宇宙の旅』は、明日へのカウント・ダウン、人類の運命の地図、無限への旅…。アカデミー賞を獲得した、目も眩むばかりの映像の到達点ともいえる作品。人間対コンピュータの戦い、想像を絶するほどの映像(詳細こちら

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2008年01月14日

映画「2001年宇宙の旅」(スタンリー・キューブリック監督)のメッセージ

「死の恐怖」の彼方

映画「2001年宇宙の旅」を初めて鑑賞した私は小学生でした。まずは特撮技術に目を瞠(みは)らされ、次いでその物語に魂を揺さぶられたことを記憶しています。映画、特にハリウッド作品に今も惹かれ続けるのは、このときの感動体験によるところが大きいでしょう。その後、児童書を卒業して本格的にSF小説を読み漁るようになる切っ掛けを与えてくれたのもアーサー・C・クラークの小説版でした(「観てから読んだ」クチです)。私の原点とも言えるこの作品に今回は挑みます。

あれこれ詮索される「謎の石板」の正体は、実は小説では明らかです。それは太古に地球を訪問した異星人が、遠い未来に自分たちの星に到達できるよう人類をナビゲートすべく設置した「進化促進装置」です。クラークは、その異星人たちがその後滅び去ったとの設定でSFファンのセンスオブワンダーをしっかり刺激してくれます。装置だけが冷徹に働き続けて人類を主無き母星に送り込み、さらなる進化を遂げさせるのです。

クラークが本作で扱ったのは異星の装置がオペレイトするメカニックな進化でした。そうであれば、その機械自体の進化もテーマとして包含できます。人工知能HAL9000が自我を抱く可能性が物語られた所以です。クラークは徹頭徹尾「機械」の世界を描いています。そこに神秘や神が入り込む余地はなさそうです。
(「異星人、人工知能、進化」と来れば、映画「AI」が想起されます。スピルバーグは2001年製作のその作品で映画「2001年宇宙の旅」をクラークに返したのかもしれません)

クラークが「進化ナビゲータ」と明示したはずの石板が謎とされるのは、むろん映画では観客にそれが単なる機械装置に見えなかったためでしょう。実際、キューブリックはクラークとの合作プロットを自らの哲学を通して再創造しています。彼の関心の所在がどこにあったか―それは、動物の骨が宇宙船に変わる最も有名なシーンに示されます。

冒頭、人類の祖先が獣や敵の襲来に怯えて暮らしている様子が描かれます。石板の登場で彼らは道具を使う知恵を得ます。初めに「死の恐怖」があり、次にその死を象徴する骨を使った「暴力」で彼らが死の恐怖を克服しようと努めたことが物語られています。その直後に、かのシーンが来ます。キューブリックは、劇的な跳躍で、人類がこの変革の延長線上にいること、本質が何も変わっていないことを鮮烈に観客に印象づけます。「死の恐怖」とそこから生じる「暴力」とは、ご承知のとおり現代の病を衝くキューブリックのライフテーマです。

こうして見ますと、HAL9000のエピソードは、最初に観客に提示したテーマを人工知能の物語に変奏して繰り返していることが分かります。死の恐怖は過剰な防衛行動を呼び、殺人を犯させます。その暴力は複数の乗員の生命も、当の人工知能の生命(?)までも容赦なく奪い取ります。「死の恐怖」を克服しない限り、人類の未来に希望はないとのキューブリックの呟きがスクリーンから聞こえてきます。
(参考)映画「クラッシュ」のメッセージ

その暗い予感の後に、キューブリックは原作の中に、クラークが思いもしなかった意味を見出します。石板の働きかけにより死に直面した飛行士の恐怖に引き攣る顔。そして、その感情の高まりとは対照的に、客体から主体へと奇妙に視点を転換しつつ、老いを体験する彼。死の床にあって最後の力で石碑に手を伸ばす彼。そこには死の恐怖を超克した人間、新しいアダムがいたのです。

キューブリックはユダヤ人です。私は彼の奉じた宗教を知りません。しかしこのエピソードから想起されるのは、新約聖書「ヨハネ福音書」に記されたキリストの次の言葉です―「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」。当時この言葉を受けた者にはその意味が分かりません―「年をとった者がどうして生まれることができましょう。もう一度胎内に入って生まれることができるでしょうか」。キューブリックはキリストに替わってその答えを映像で示したのではないでしょうか。

石板は「神の手」です。その手によって人類の祖先へ「知恵の実」が与えられます。その結果、暴力の世界(荒野)を放浪する運命を担った人類。しかし最後には、死の恐怖を克服し暴力から解放された人類に「永遠の命」が同じ手から授けられます。ユダヤ・キリスト教の思想に独特の解釈を加えて作品に投影したキューブリックは、不思議な部屋に通じる道を映像化するに当たり、永遠の命への道を守るとされる「剣の炎」をイメージしたかもしれません(創世記)。

死の恐怖の超克に暴力との決別を期待したスタンリー・キューブリック。死の恐怖に衝き動かされるまま防衛のための暴力を肯定するデイヴィッド・ロックフェラー。二人の対立は、こうして考えれば必然でした。同時に「恐怖と暴力」をライフテーマとするスピルバーグとデイヴィッドとの親和性もまた了解されるのです。

2001年宇宙の旅
決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)

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2007年10月19日

映画「大統領暗殺」(ガブリエル・レンジ監督)のメッセージ

第三の怒り

本日2007年10月19日はブッシュ暗殺のXデーです。と言っても、映画「大統領暗殺」で設定された架空の日時であることは先刻ご承知のとおり。ブッシュ政権に欺かれて「作られたテロ戦争」に駆り立てられたと国民が知ったときに何が起きるかをシミュレートした本作品は、ブッシュ暗殺が無意味であることを強くメッセージします。これまでの米国の歴史を眺めたときに最も蓋然性が高いケースだからこそでしょう。

「怒りがブッシュ個人に向けられるケース」を本作品がシミュレートしたとするなら、当ブログが予想しているのは「怒りがブッシュ政権とその基盤”WASP”に向けられるケース」です。21世紀初頭におけるアメリカの奔流(歴史のうねり)を作ったロックフェラー一派が米国民と世界に押しつけようと画策しているケースです。

怒りをブッシュ本人だけに向けるのは賢明な態度とは言えません。ブッシュ政権とその基盤に向けるだけでも決して十分ではありません。私たちは正しく怒りを「ブッシュ政権とその背後の勢力(デイヴィッド・ロックフェラー)」に向けるべきです。

現地のXデーは明日―しかしブッシュ暗殺は彼らのシナリオにはないと思います。何しろブッシュ・ジュニアにはもう一働きしてもらわなければなりませんから。
(参考)「トランスフォーマー」のメッセージ3
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2007年10月07日

映画「サンキュー・スモーキング」(Jライトマン監督)のメッセージ

ハリウッド映画にドクロマーク

主人公は煙草業界の利益を代表して政治に影響力を行使するロビイスト。彼は「情報操作(スピン)の専門家」を自認し、上司は「真実を隠すのが役目」と露れもなく言い放ちます。そんな彼らの常套手段を映画「サンキュー・スモーキング」は私たちに教えてくれます。それは「論点をすり替えて、正論で相手の弱点を突く」ことだそうです。

主人公は自分の息子にアイスクリーム談義でこの極意を伝授します。主人公好みのバニラアイスが最高であることを巡っての論争とします。父は息子の好みを尋ねます。「チョコ」と答えた息子は、勢いで「チョコ以外は不要」と口にします。すると父は「アイスクリームは選べる方が良い」と反論します。論点はバニラアイスの秀逸性ではなく、選択性に替わっており、正論ですから論争は父の勝ちとなります。

果たして主人公は現実の場でこの手法を実践します。煙草規制強化を狙った議会の公聴会で禁煙派政治家は主人公に煙草の害を認めさせます。勢いづいた政治家は主人公に「そんな煙草を自分の子供が吸いたいと言えば認めるのか」と畳み掛けます。そこで主人公は「親はすべての危険について子供に教える義務がある」「個人の選択の自由を尊重する」との正論を展開し、「18歳になった子が吸いたいと言えば買い与える」と返します。本来の論点(煙草規制強化の是非)とは異なっていますが、公開討論の勝敗はそれで決します。

さらには、同じ手法が作品そのものでも展開されています。この映画の主題は「社会に有害な製品のロビー活動は許されるか」のはずです。主人公はチーズの害に注意を喚起し、煙草の害を相対化した上で、「誰もが自分の才能を伸ばす権利がある」「職業選択は自由」との正論を振りかざして煙草ロビイストを「是」と結論づけてしまいます。ただし、そんな職業選択の例として殺人者マンソンを挙げていますから、作品は本気でそのような主張をしている訳ではなく、「ほら気をつけて、この映画自体が情報操作かもしれないよ」と目くばせしています。

そう思って作品を振り返ってみると、さすがに煙草は登場しないのですが、替わりに銃やアルコールが肯定的に取り扱われているのに気付かされます。暴漢に襲われた後で自衛のための銃を親切そうに差し出す友人。これを見て「クール」と叫ぶ子供。美人記者との食事で特定銘柄酒を最大限の褒め言葉で推奨する主人公。作中引用されるアメリカの原因別死者数は次のとおりで、何やらアルコールや銃が大した問題ではないようにも思えてきます(1位とされるチーズは除く)。
煙草:1,200人/日
アルコール:270人/日
銃:30人/日


作品を観終わると、彼らロビイストにはある種痛快なイメージが、対する規制派の政治家やロビイストを批判するマスコミには不様でインチキ臭い印象が残ります。ジェイソン・ライトマン監督は、それが作為であり、作品が結局は当該ロビー活動のPRであり、銃やアルコールのPRを画策していることを私たちに気付かせようとします。どうやら映画「サンキュー・スモーキング」は、「映画による情報操作(フィルムプロパガンダ)に対抗するための教科書」を意図しているようです。

そのとおり、フィルムプロパガンダに無自覚な鑑賞者の多い現状にあって、警告マークの必要性が高いのは映画です。曰く―
ハリウッド映画にはくれぐれもご注意ください。あなたの精神を蝕む恐れがあります。

(参照)映画「レディインザウォーター」のメッセージ4 (などなど)

収録時間:93分
レンタル開始日:2007-09-07

Story
『カンバセーションズ』のアーロン・エッカート主演によるコメディドラマ。ニックは連日マスコミの矢面で戦い続けるタバコ研究アカデミーの腕利きPRマン。タバコのイメージアップ作戦を任された彼は、一人息子を連れ(詳細こちら

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2007年09月11日

映画「トランスフォーマー」のメッセージ3

反連邦による破壊か連邦による保護か

私は、デイヴィッド・ロックフェラーの米国改造プロジェクトが次の3段階で計画されているとこれまで何度も書いてきました。
1.新しいパールハーバー
2.新しい南北戦争
3.新しい独立
WASP(アングロサクソン系プロテスタント)が築いた米国史を遡りつつ、WASPが築いた栄光の米国を破壊するという悪意に満ちた構想です。ご承知の911事件が上記1に当たり、年内に起こされると私が予想している事件は上記2に当たります。この事件の核心に関して、当ブログでは「米国を二分する勢力(レトロスレッドとメトロスブルー)間の衝突」と捉えてきましたが、その衝突は必ずしも武力抗争を伴うものでなく、南北戦争の本質としての「連邦制の危機」と理解するのが妥当のようです。
(参考)映画「アイランド」のメッセージ2

911事件で間髪を入れずアルカイダが犯人として名指しされたように、今度の事件では「反連邦主義者」「無政府主義者」が犯人に仕立てられ、「連邦制の危機」が声高に叫ばれるでしょう。先の中間選挙で共和党を見限った「アナルコ・キャピタリスト」がスケープゴートにされる(無実の罪を着せられる)のではないかと心配しているのですが、90年代のテロ事件と呼応する形でティモシー・マクベイのような異常な人間が再び主犯に仕立てられる(犯行の一端を担わされる)可能性も残されています。
(93年にイスラム原理主義過激派の仕業とされた世界貿易センタービル地下駐車場爆破事件、95年に連邦に対する復讐が動機とされたオクラホマシティ連邦ビル爆破事件)

この機に乗じて、ブッシュ・ジュニアは例によって単純な選択を国民に迫るでしょう―「反連邦主義者・無政府主義者のテロに脅かされ続けるか」それとも「連邦政府に権力をより集中して保護を得るか」です(映画「トランスフォーマー」のキャッチコピー「破壊か保護か"Destroy or Protect"」参照)。パニックの中で反射的に国民が選択するのはもちろん後者でしょう。息を吹き返したブッシュ政権は、国民の監視機能を強化し、自由を一層圧迫します。
(参考)映画「Vフォー・ヴェンデッタ」のメッセージ

しかしブッシュ・ジュニアの企みは早々に破たんします。パニックから覚醒した国民は何かがおかしいことに気付きます。タイミング良く、この事件に政府機関が関与している証拠がリークされます。同時に911事件がブッシュ政権の自作自演である決定的証拠までが流出します。国民の怒りはブッシュ政権、そして背後のWASPへと向けられます。誰かが(この人物にこそ私たちは注目すべきです)ブッシュ・ジュニアに対し武装蜂起します。ブッシュ政権はあっけなく自壊し、無血革命が成し遂げられます。これが上記3の出来事です。
(参考)映画「ザ・シューター」のメッセージ

情報リーク(ケネディ兄弟暗殺へのWASPの関わりも含まれると予想します)も、反乱扇動も、もちろんすべてがデイヴィッド・ロックフェラーのシナリオに初めから書かれている内容です。彼らはブッシュを見せ餌に国民をWASP排撃へと向かわせたいのです。これまで次第に権力を浸食しながらも決定的な基盤確立を阻まれてきたロックフェラー家が、大統領や主要官僚を通した権力行使よりさらに確実で安定的な政治体制を築くことになるでしょう(彼らの経済基盤が強化されることは言うまでもありません)。21世紀の最初の10年にアメリカで生じる(はずだった)のは、支配者・特権層のダイナミックな交代劇です。

デイヴィッド・ロックフェラーが招来する変革は、米国におけるキリスト教の抑圧(世俗化)、民族の平等(混淆による民族の解体=世界市民化)の実現です。国家の在り方が問われ、大統領制が見直されるでしょう。緩やかな連合を束ねる新しい行政職が新設されるのかもしれません(ローマの護民官のような市民プロテクターか?ブッシュ政権に対して反旗を翻した「誰か」が就任か?)。そしてその裏で誕生するのが「ロックフェラー・マトリックス(子宮)社会」です。そこでは自由や安全、平等がロックフェラーが許す範囲でのみ保障されます(警告映画「呪い村(Population436)」の牢獄シーン参照)。何も市民が本当の自由・平和・平等を勝ち取る訳ではないのです。
(参考)映画「マトリックス」のメッセージ2

映画「パールハーバー」の公開から911事件までは3ヶ月半でした。この伝で行くと、新しい南北戦争(連邦制の危機)の引き金となる諸事件の勃発は今年10月半ばと計算できます。10月19日を政変劇(ブッシュ暗殺)のXデーと設定した映画「大統領暗殺」と時期が重なるのは政治日程を考慮すれば必然なのでしょうか?
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2007年08月26日

映画「トランスフォーマー」(スピルバーグ製作)のメッセージ2

ミード湖の変異細菌

当ブログはハリウッド映画を中心とするメッセージ解読から、「アメリカで911事件に続く第二の偽テロ事件が起こされる」と予測しています。その事件の特徴としては主に次の3点を指摘してきました。
1.時期は2007年
2.細菌・生物兵器が使用される
3.ワシントンの連邦裁判所と連邦議会が標的とされる
映画や小説をこうした視点から鑑賞している私には、上記2について最近特に気に掛ることがあります。
(参考)新しい南北戦争のメッセージ集

以前の記事で取り上げた映画「Vフォーヴェンデッタ」では、ブッシュ・ジュニアを思わせる指導者が独裁権力を掌握した経緯がこう説明されます。政府の研究機関が開発した新種の細菌、つまり生物兵器を指導者が自ら「水道」に混入させ偽のテロ事件を演出したというのです。この事件で多くの国民(舞台はイギリス)が犠牲となり、指導者の思惑通り社会は混乱に陥ります。また映画「ウォーターパニック・インLA」もテロリストによって細菌を水道に流し込まれたロサンゼルス市民の混乱を描いています。
(参考)映画「Vフォーヴェンデッタ」のメッセージ

アメリカで起きている異変の首謀者たちが、なぜかSF小説家・社会思想家のHGウェルズを強く意識していることに私は気付いています。そして何と、このHGウェルズの著作の中に「テロリストが水道水に細菌を混入」させる話があるのです。「盗まれたバチルス」というタイトルの短編で、無政府主義者が細菌研究者から猛毒のバチルス菌を盗み、ロンドンの上水道の水源に投げ込もうとします。「細菌テロ」という現代的な概念を初めて世に送り出した作品です(発表年は1894年)。
(参考)小説「宇宙戦争」のメッセージ

ご承知のとおり、2001年9月には、911事件に引き続いて「炭ソ菌テロ(複数)」が起こされました。そのときは郵便物の封筒を菌で汚染させる手口が採られました。しかし上記の映画や小説は、次に起こされる細菌テロ事件では「水道混入」という手段が取られる可能性を示唆しています。そこで記憶の底から頭を擡げるのが、映画「トランスフォーマー」に登場した「フーバーダム」です。観客は水力発電所としての側面に巧みに誘導されるのですが、考えてみればこのダムによって造られた背後の巨大なミード湖は、米国南西部の2大水源のうちの一つでした。

ミード湖を水源として上水道が供給されている地域はそう広くはないかもしれません。それでも、レクリエーションエリアとして広く知られた湖が細菌に汚染され、魚などの生物が大量に死滅し(映像効果)、一部地域で水道を通して人間にも被害が及べば(プロファイルから被害エリアが限定される方が好都合)、アメリカ国民が受ける衝撃は911事件に匹敵するでしょう。政治・ビジネスに続いて「生活」までがテロリズムの脅威に晒されるのです。

ご存じでしょうか、フーバーダムを建造したベクテルグループのベクテルネヴァダは、今やテロ研究施設となった「ネヴァダテストサイト」を運営しています。研究対象には生物兵器が含まれます。既存の細菌を変異(トランスフォーム)させ毒性を高める類の技術を彼らは現実に追及しているのです(911事件でテロリストによるハイジャック対策専門機関がハイジャックを決行したことを思い出してください。彼らのキーワードは「逆用・悪用」の"abuse"です)。ミード湖との距離の近さにもご注意ください。この要素は作戦遂行を容易にするでしょう。そしてベクテルが世界有数の導水事業者である事実(水道民営化事業なら最大手)にも注意を喚起しておきたいと思います。
<参考>reviewjournal.com記事「防衛ビジネス

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こうして考えて行くと、冒頭に掲げた特徴のうち、事件の場所(3)は異なりそうです。しかし、911事件が複数態様の事件から構成されていたことから、今回も細菌テロを中核としながらも、爆弾テロが同時に起こされないとは限りません。その時には、ワシントンの地下鉄Metro、サンフランシスコのベイブリッジやBART(交通機関)、ボストンのBigDig(複合的交通システム)、ボストン〜ワシントン間のAcera(交通機関)などベクテルが手掛けたアメリカのシンボル施設・機関が標的とされる可能性があります。

収録時間:79分
レンタル開始日:2007-03-02

Story
『ボム・ザ・システム』の製作を担当したベン・レキーが監督・脚本を手掛けたパニックサスペンス。何者かによってダムの中に散布された生物兵器により、パニック状態に陥ったL.A.。人々は次第に狂気を露にしていき、(詳細こちら

収録時間:132分
レンタル開始日:2006-09-08

Story
『レオン』のナタリー・ポートマンと“エージェント・スミス”ことヒューゴ・ウィービング共演による近未来サスペンスアクション。独裁国家と化したイギリス。労働者階級の女性・イヴィーは仮面をまとった男・Vに出(詳細こちら

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2007年08月19日

映画「トランスフォーマー」(ベイ監督)のメッセージ1

ロックフェラー・ベクテル連合対WASP

当ブログが注目する二人の人物、マイケル・ベイとスティーブン・スピルバーグが初めて正式に共同製作した映画「トランスフォーマー」。特撮以外に見所のない、それでいて世界中で多くの人々に鑑賞されているこの作品から私が読み取ったのは、911事変以降進行するロックフェラーの米国改造プロジェクトにおいてベクテル社が果たしているかもしれない役割でした。

本作にはフーバーダムが特別な場所として登場します。ダムの底に米政府の宇宙人対策機関「セクター7」の秘密基地が隠されていると言うのです。ここで作品を投げ出さず、辛抱強くフーバーダムについて調べてみると、実に興味深い事実に出会えます。ニューディール政策のシンボルとされるこの一大国家事業の中核を担ったのは、同族の株式非公開会社でありながら米国最大手企業群の一角に食い込むベクテル社だったのです(ベクテルを中心とする共同事業体の名前は「6カンパニーズ」)。
<参照>L・マッカートニー著「ベクテルの秘密ファイル」

ベクテル社は、建設・エンジニアリング業界の雄で、ダムの他に、高速道路、橋、空港、地下鉄、石油パイプラインと精製プラントなど、世界中で多様多様な施設の建造に携わってきました(大戦中は船まで建造)。原子力発電施設建造分野のガリバー(シェア60%と言われる)でもあります。こうした華やかさの陰で、核拡散への関与、各国政治家・有力官僚(軍人を含む)との癒着、CIAとの密接な関係が取り沙汰される底深い会社です。

同社は、第二次大戦までに石油パイプライン・プラント建設を通してロックフェラーグループとの関係を育みました(確認できないでいますが、フーバーダム建設の運営資金をロックフェラーが提供したとの情報もあります)。その後、サウジアラビアやリビアへの進出を促し、アラブ諸国での躍進を援護(ロックフェラー&キッシンジャーの70年代中東戦略)するなど、少なからぬ肩入れをロックフェラー陣営は行っています。ロックフェラーにとって、ベクテル社が単なる取引先ではなく、経営上の無二のパートナーだったことに疑いの余地はありません。

では、ベクテル社がビジネスの関係にとどまらず、ロックフェラーのアメリカ改造プロジェクト、さらにその先の世界経営計画に深く関与しているとしたら?911事件を予告した映画「パールハーバー」と同じ作り(デジタル戦闘+モノラル恋愛)の映画「トランスフォーマー」は、ベクテル社の事業コンセプトである「エンジニアリング(工学技術)」を象徴するロボットをテーマとし、同社の歴史的業績にスポットを当てることでこのことを示唆しているように思えます。

私は以前に911事件の背後に「原爆開発」のテーマが隠されていると当ブログに記しました。航空機の軌跡(発地と衝突目標)がマンハッタンプロジェクト(原爆開発計画)の拠点移動に一致していること、WTC跡地が軍事系新聞によって爆心地を意味する「グランド(グラウンド)・ゼロ」と呼ばれるよう誘導されたこと、半年後並びに周年イベントにアラモゴードの爆発実験を想起させる仕掛け(ライトビーム)が施されたことなどがその根拠でした。
(参考)「911事件から浮かび上がるもう一つのメッセージ」1 2 3

この隠しテーマからは、911事件の首謀者が原爆開発に携わっていた可能性が浮上します。広瀬隆氏はマンハッタンプロジェクト参画企業として、ロックフェラーグループ、モルガングループ、ゼネラル・エレクトリックとデュポン(モルガン系)、ウェスティングハウス(ロックフェラー系)を挙げています。戦後まで含めた視点で見るなら、ここに同プロジェクトのハンフォード重水プラント建設を担当し、戦後はネバダ核実験場を管理・運営、さらに先頃はロスアラモス国立研究所の運営を共同受託して話題になったベクテル社を加えずにおくことはできません。
<参照>広瀬隆著「億万長者はハリウッドを殺す」

もし911事件をベクテルが仕切っていたとすれば、これほどロックフェラーにとって頼もしい味方もいなかったでしょう(一部局面においてはウジ・ダヤン率いるイスラエルのハイジャック対策組織サヤレト・マトカルが実行部隊となりました)。「たくらむ」の意味もある「エンジニアリング」をモットーとするベクテルは、複雑な要素を制御しつつプロジェクトを完遂させた経験を豊富に持ち、CIAと一体となって他国の革命を誘導した経験まであります。お誂え向きに、爆薬の扱いに慣れ、建物の構造、空港の保安や航空会社・ペンタゴンの個別事情に詳しい組織が一体他にあったでしょうか?
<参照>The Village Voice 記事(911事件の後処理まで受注しようとしていたとの記事。この結末はどうなったのでしょうか?)

彼らが遂行しつつあるプロジェクトの当面の目標は、アメリカの支配構造を転換させることです。ロックフェラーはWASPの代表格とされ、ベクテルもまたその牙城と表現されます。ロックフェラーグループはそれまではWASPの立場(偽装)を利用して成長を遂げましたが、68年頃に現在の当主デイヴィッドが方針を抜本的に見直したことが映画「レディインザウォーター」で明かされています。恐らくはその時期に、3代目就任間もないステファン・D・ベクテルJrをデイヴィッドが説得したのでしょう(ユダヤ人嫌いとされたベクテル社がこの頃から、アーマンド・ハマーと手を結び、キャスパー・ワインバーガーを重用し、ヘンリー・キッシンジャーの支援を受けるようになります)。それ以来、両グループはWASPの仮面を付けたままWASP打倒に邁進している可能性があります。70年代の強力な支援はその見返りだったとも解釈できます。
(参考)映画「レディインザウォーター」のメッセージ3同カテゴリー

私は、911事件でロックフェラーが自ら建設したWTCを自らの手で破壊したのは、第一に世間の疑いの目を逸らすためと考えてきましたが、今回の考察でもっと根源的な理由があると気付かされました。ロックフェラーとベクテルは、WASPと共に築いた栄光のアメリカを自らの手で破壊しているのではないか。これが彼らなりの清算行為ではないかと。(作品は「犠牲なくして勝利なし」と、さも自分たちが尊い犠牲を捧げているような調子ですが、これは噴飯ものの偽善です)

彼らはWASP打倒後のアメリカを民族融和・世俗社会として思い描いています。一部のWASP特権層に苦しめられてきた大多数のアメリカ市民を開放するとして、自分たちを市民の「守護者(Protector)」と傲岸にも見做し、既存権力層を「(平和と平等の)破壊者(Destroyer)」と切り捨てます。それでも彼らは真の対立軸を市民に提示しません(それでは思い通りに行かないからです)。ロックフェラー・ベクテル連合対WASPの戦い(Their War)が、実態を知らない市民の生活の場を主戦場(Our World)に繰り広げられているのです。

transformer_poster_wiki















wikipedia"Transformers(movie)" より



ベクテルの秘密ファイル―CIA・原子力・ホワイトハウス

億万長者はハリウッドを殺す〈上〉

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2007年06月23日

映画「アポカリプト」(メル・ギブソン監督)のメッセージ

新しき始まりへの苦い道

ウィリアム・ゴールディングの名をご記憶でしょうか。「ガイア理論」の名づけ親であり、映画「レディインザウォーター」や「ヘルマプロディートス」が指し示す「無垢」をライフテーマとした作家です。HGウェルズと共に、ロックフェラーフィルムを追跡する私の視線の先と幾度も交錯する不思議な人物です(ゴールディングは知人ウェルズを批判的に語ってみせたりはしますが、人間そのものに懐疑の目を向ける二人の基本的立場は一致しています)。メル・ギブソン監督の最新作「アポカリプト」は、このゴールディングが著した小説「蠅の王」を強く意識した作品でした。

小説「蠅の王」で作品のテーマに深く関わる重要な行為として描かれた豚狩りのシーンから映画「アポカリプト」は幕を開けます(正確には豚に似たバクです)。森から飛び出す動物とそれを追う人間の構図。作品はその同じ森からマヤの傭兵に追われる海の小部族民を登場させて、動物から人間への転換を図ります。やがて主人公ジャガー・バウの部族(森の小部族)もまた同じ襲撃者に追われる身となります。

「追う者」が次々に「追われる者」となる構図の転換は、ついに小部族民を狩ったマヤの都市部族民をさえ「追われる者」とします。映画「アポカリプト」は終幕にマヤ文明を崩壊させたスペイン人の艦隊が来航する場面を描くことで、史実を知る観客に転換のダイナミズムを認識させます。さらに私たちはスペイン人がイギリス人、アメリカ人に追われ覇権を失うに至ることを、英米人を始め植民地主義・帝国主義を掲げた人々がその後も世界各地で多くの民族を狩り続けたことを知っています。人類の歴史上、「追う者から追われる者への転換」が延々と繰り返されたことを痛切に思い起こさせます。

映画「アポカリプト」の象徴的なラストシーンは、「蠅の王」のエンディングそのままです。小説「蠅の王」では豚狩りが少年たちの魂に宿る暴力性・残虐性を目覚めさせました。この作品を強く意識する本作が、人間が本来持っている暴力性・残虐性を暴こうとしているのは明らかです。作品はこれでもかとばかりに残虐シーンを連続させて、私たちに直視を促します。私たちは追われる者たちと共につぶやくに至ります。そうした暴力や残虐のない「新しき始まり」はどこにあるのだろうか、そもそもそんなものがあるのか、と。

その問いに答えるのは、本作に重ねられたもう一つの作品、監督の前作「パッション」です。処刑場までのイエスキリストの苦痛に満ちた道行とバウたちの連行が重ねられます。子供たちは心を引き裂かれながら連行される親たちの後を追います。都市に着いた彼らに住民たちは救い主であるかのように願いを託し、手を合わせます。 監督はバウたちがイエス・キリストだと言いたいのではありません。逆にイエス・キリストの道が、人間が歴史で繰り返す暴力・残虐の道を象徴していたと言いたいのです。イエス・キリストがそこで受けた苦痛は、大昔から現代まで延々と人間が受け続ける苦痛そのものだったのです。

映画「パッション」は本作と同じく森のシーンから始まります。その森(ゲッセマネの園)で、イエス・キリストは己の身にこれから引き受けなければならないすべての時代の人間の苦痛と悲嘆を感じていました。そこには恐怖がありました。恐怖は悪魔となって姿を現します。イエス・キリストは父なる神にすべてを委ねることでこの恐怖を克服します。そこに本作に登場するバウの父親の姿が重ねられます。恐怖に駆られて新たな恐怖を生み出す先に希望はない(病の先に死が待ち受けるように)。人間はその本性に導かれて堕ち続けるのみ―監督はそうメッセージします。

沖合の艦隊、新たな暴力の到来に引き寄せられるマヤ人たち。バウは正しくこれに背を向けます―しかし彼は敵を暴力によって倒したのではなかったでしょうか。人間の古き道を辿った彼に「新しき始まり」は見出せるのでしょうか?一方、監督は「パッション」のラストシーンにおいてイエス・キリストが立ち上がる姿をスクリーンに刻印しました。どんなに困難でも、そこにしか監督が求める「新しき始まり」はないのです。

神に委ねることを捨てた現代人がこの作品を理解することは決してないでしょう。

蝿の王


収録時間:127分
レンタル開始日:2004-12-23

Story
メル・ギブソンが監督・製作・脚本を務め、イエス・キリストの最期を描いた問題作。紀元一世紀のエルサレム。最後の晩餐の後、イエスはユダの裏切りにより捕らえられた。そして、彼の影響力を恐れる大祭司や民衆らに(詳細こちら


収録時間:138分
レンタル開始日:2007-11-21

Story
『パッション』のメル・ギブソンが放つサバイバルアクション。マヤ文明滅亡前夜の中央アメリカ密林地帯を舞台に、狩猟民族の青年が過酷な運命に立ち向かう姿を残酷かつ壮大に描く。当時の風俗や祭祀の様子を徹底調査(詳細こちら

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2007年06月10日

映画「ザ・シューター」(アントワーン・フークア監督)のメッセージ

アセンズの戦い

何のことはない、アメリカは西部開拓時代そのままだ。金と権力を得るためならいかなる手段も厭わない、他人の命など一顧だにしない輩が昔も今も変わらず地上を蠢いている。上院議員やCIA幹部などの国家中枢が彼らの手先として動いていて、近年では、ケネディを暗殺し、石油利権のためにイラク戦争を引き起こした。そんなことは誰だって知っている―先頃公開された映画「ザ・シューター」は観客にそう語り掛けます。軍隊と国家を信じ両者に忠誠を尽しながら、要人暗殺者に仕立てられる主人公スワガーは、些か極端な設定ですが、いつも悪事の犠牲となる市民の象徴として描かれています。

では、善良な市民は有事にどう対処すれば良いのでしょうか?作品の答えは単純です。西部開拓時代のように各人が銃で我が身を守るしかない。相手が上院議員やCIA幹部のような一部腐敗層であっても、政府そのものであっても同じこと。各々が立ち上がって悪人たちを打倒する以外に安全を確保する道はない。何、大丈夫。真の正義を知る捜査機関や一味でない国家中枢はそんな市民の罪を問うたりはせず、むしろ支援するのだから(この意味は映画を観れば分かります)。
(参考)映画「ユナイテッド93」のメッセージ1 (「政府は当てにならない。自力で戦うしかない」とのメッセージ)

作品は、アメリカの観客に第二次世界大戦直後テネシー州アセンズで起きた事件を思い起こさせようとします。公正な選挙を求めた一部市民が、地方政府の対応に反発して武装蜂起した事件です。政府が機能不全に陥ったとき、または腐敗したときに、武器を取ってこれを打倒する権利が米国市民にはあると主張される際に援用されるようです。主人公スワガーたちはこの地に住む銃づくりのエキスパートにわざわざ会いに出かけます。彼らの行動の原点がここにあることを示すためです。
<参照>wikipedia"Shooter"

映画「ザ・シューター」は悪徳企業家たちに支配されたと囁かれる中央政府を打倒する革命に人々を立ち上がらせようとしています。厳密さからはほど遠い作中の事件の描き方から見るに、ケネディ暗殺事件やイラク戦争の真相を真剣に追及する気はありません。ただそうした陰謀論の空気を利用して、作品は革命を教唆します。立憲と独立の地"フィラデルフィア"を舞台に据え、殊更のように「自由の鐘Liberty Bell」(作品では教会の鐘ですが)を打ち鳴らすプロット―アメリカの独立に重ねて、この蜂起を正当化しようとの意図が明瞭に現れています。
(参考)映画「レディ・インザウォーター」のメッセージ2 (同じくフィラデルフィアを舞台とする作品)

「第二の米国独立」をメッセージしていることに気が付けば、この作品もロックフェラーフィルムの一つと結論できます。同じグループの映画「レディインザウォーター」は、石油メジャーをこっそりと称揚していました。映画「ザ・シューター」はこれと正反対に見えるのですが、前者が自分たちの「実像」を「スクリーンの裏(潜在意識)」に投影し、後者が世間の噂、つまり彼らの「影」を「スクリーンの表(顕在意識)」に投影しているだけのことで、そこに矛盾はありません。デイヴィッド・ロックフェラーは、WASPという自分の影を餌に、WASP打倒の念願を果たそうとしています。
(参考)映画「Vフォー・ベンデッタ」のメッセージ2 (同じく「第二の独立」がテーマの作品で、ブッシュ・ジュニアを打倒すべきターゲットとして描いている。この人物もWASP餌)
(参考)映画「レディ・インザウォーター」のメッセージ記事集

私は以前、ある記事のコメント欄に「ケネディ暗殺はWASPの一部勢力による凶行」「デイヴィッド・ロックフェラーは2008年に予定される革命に合わせてこの事件の真相をリークするのではないか」と記しました。映画「ザ・シューター」はそんなデイヴィッドの思惑を予告してもいるようです。同時に本命の911事件とブッシュ・ジュニアの関係が暴かれることになるでしょう(もちろん真の首謀者、真の意図は徹底的に隠ぺい)。人々はリーク情報に煽られる形でブッシュ政権を打倒し、米国の支配体制であるWASP=キリスト教基盤を破壊するでしょう。かくして世界は仕組まれた革命劇に躍るのです。

=補足説明=
デイヴィッド・ロックフェラーは世界管理システムを確立する狙いをもって、アメリカにおいて下記3段階の改革を推進しており、この一連のプロジェクトを側面支援する方策としてハリウッド映画を利用しています。当ブログはこの作品群をロックフェラーフィルムと呼称しています。
1.第二のパールハーバー(the new Pearlharbor 2001)
2.第二の南北戦争(the new Civil-war 2007)
3.第二の独立(the new Revolution 2008)
(参考)例えば「グランドゼロのメッセージ1
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2007年05月20日

映画「レイスオブヘブン」(フィリップ・ハース監督)のメッセージ

人間が暴走させる明日

「この世からすべての病気がなくなれば」とは誰もが抱く願いでしょう。その願いを実現したのが、映画「レイスオブヘブン(天のろくろ)」の主人公オア(Or)です。夢で見る内容をそのまま現実にする能力を自分が持っていることに気付いた彼は、ある日病気根絶の夢を見ることに成功します。

彼の夢は実現し、病気のない世界が現れます。しかし、そのことと引き換えにその世界では人々の健康が厳格に管理されています。また、新しい世界では必然として、人口過剰が大きな社会問題になってもいます。そこで今度は、セラピストに誘導されたオアは人口が減る夢を見ることにします。果たして白人だけが罹患するウィルスが猛威を揮い、またしてもオアの違和感を伴う形で夢は叶えられます。

ハース監督が明示するとおり、人間は行為(この作品の場合は意思)の結果を見通すことができません。ある目的をもって遂行された行為が全く別の結果を招来する例は、私たちの日常でも頻繁に観察できます。そして、映画「レイスオブヘブン」のように所期の目的を達成できたとしても、一つの行為が予想もしなかった結末を招来する場合もあるのです。

小説「恐怖の存在」でマイクル・クライトンはこんな例を紹介しています。20世紀初期に米国イエローストーン国立公園で、自然を保全する任を担う公園管理局が設置されました。管理局は初めに鹿の減少を心配して保護策を取りました。すると想定以上に鹿は増殖し、公園内の植生バランスを崩してしまいます。そのため餌を失ったビーバーが減少し、公園内の水が制御されなくなるなどの異変が起こりました。結果として、管理官の保護策は生態系全体を破壊しました。彼らは一転して鹿を駆逐し始めたのです。
<参照>マイクル・クライトン著「恐怖の存在」上巻P260以下

旧約聖書は人間の能力の限界を敵に追われる者に譬えてこう表現します。彼らは「馬に乗って逃げよう」と考える。そう考えるから逃げ出さなければならなくなる。次に「速い馬に乗ろう」と考える。だから敵はもっと速い馬で追って来る。十字架を前にしたイエス・キリストはこの真理を知っていて「私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈りました。
<参照>イザヤ書30-15,16(新共同訳)

行為の結果を見通せない人間の下す判断を信頼せず、神に事態を委ねる姿勢は、現代では侮蔑の対象でさえあります。ハリウッド映画が盛んに描く「強い意志で運命を切り開く」スタイルが大流行の昨今です。オアの能力に気づいたセラピストもそんな現代人の一人だったのでしょう。彼は夢を利用すれば自分に有利な世界を築けることに思い至ります。かくして彼は地位と名誉と権力を手に入れることに成功します。そして欲望に駆られた彼は遂に自ら世界を変えようとして地獄を作り出すのです。

オアは神にも、現代人の向こう見ずな欲望にも身を委ねませんでした。彼は「大事なのは今」として、今をあるがままに受け止めることを選びました。自分が力づくで引き寄せる明日を彼は放棄します。オアだけでなく、世界中の人々が今に生きて、明日の欲望を捨てるとき、世界から争いと悲惨は消える。各人が己の立場を放棄すれば争いは止むとした宮崎駿の「ハウルの動く城」を想起させます。
(参考)映画「ハウルの動く城」のメッセージ

しかし作品が受け入れようと呼びかける「今」は、人間たちが持てる力を総動員して富と権力を我が手に集中させるべく闘争している世界です。自分たちがいくら力づくの未来を放棄してみても、世界は誰かの未来に向かって確実に駆られ続けます。そして誰かの目論見が上手く行けば行くほど、世界は地獄に近づくのです。

思い上がった人間の典型に同じ自力で対抗するのは愚者です。己の平安だけを確保して世界の悲惨を許容するのは共犯者です。苦悶の汗を垂らしつつ神に委ねる選択肢は本当に私たちから失われてしまったのでしょうか?

収録時間:95分
レンタル開始日:2007-02-02

Story
『ゲド戦記』のアーシュラ・K.ル=グウィンの小説「天のろくろ」を映像化。近未来でドラッグに溺れる生活を送っていたオアには自分の意思と関係なく現実を変えてしまう力があった。ある日、彼に相談を持ちかけられた(詳細こちら

恐怖の存在 (上)

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