2008年01月14日

映画「2001年宇宙の旅」(スタンリー・キューブリック監督)のメッセージ

「死の恐怖」の彼方

映画「2001年宇宙の旅」を初めて鑑賞した私は小学生でした。まずは特撮技術に目を瞠(みは)らされ、次いでその物語に魂を揺さぶられたことを記憶しています。映画、特にハリウッド作品に今も惹かれ続けるのは、このときの感動体験によるところが大きいでしょう。その後、児童書を卒業して本格的にSF小説を読み漁るようになる切っ掛けを与えてくれたのもアーサー・C・クラークの小説版でした(「観てから読んだ」クチです)。私の原点とも言えるこの作品に今回は挑みます。

あれこれ詮索される「謎の石板」の正体は、実は小説では明らかです。それは太古に地球を訪問した異星人が、遠い未来に自分たちの星に到達できるよう人類をナビゲートすべく設置した「進化促進装置」です。クラークは、その異星人たちがその後滅び去ったとの設定でSFファンのセンスオブワンダーをしっかり刺激してくれます。装置だけが冷徹に働き続けて人類を主無き母星に送り込み、さらなる進化を遂げさせるのです。

クラークが本作で扱ったのは異星の装置がオペレイトするメカニックな進化でした。そうであれば、その機械自体の進化もテーマとして包含できます。人工知能HAL9000が自我を抱く可能性が物語られた所以です。クラークは徹頭徹尾「機械」の世界を描いています。そこに神秘や神が入り込む余地はなさそうです。
(「異星人、人工知能、進化」と来れば、映画「AI」が想起されます。スピルバーグは2001年製作のその作品で映画「2001年宇宙の旅」をクラークに返したのかもしれません)

クラークが「進化ナビゲータ」と明示したはずの石板が謎とされるのは、むろん映画では観客にそれが単なる機械装置に見えなかったためでしょう。実際、キューブリックはクラークとの合作プロットを自らの哲学を通して再創造しています。彼の関心の所在がどこにあったか―それは、動物の骨が宇宙船に変わる最も有名なシーンに示されます。

冒頭、人類の祖先が獣や敵の襲来に怯えて暮らしている様子が描かれます。石板の登場で彼らは道具を使う知恵を得ます。初めに「死の恐怖」があり、次にその死を象徴する骨を使った「暴力」で彼らが死の恐怖を克服しようと努めたことが物語られています。その直後に、かのシーンが来ます。キューブリックは、劇的な跳躍で、人類がこの変革の延長線上にいること、本質が何も変わっていないことを鮮烈に観客に印象づけます。「死の恐怖」とそこから生じる「暴力」とは、ご承知のとおり現代の病を衝くキューブリックのライフテーマです。

こうして見ますと、HAL9000のエピソードは、最初に観客に提示したテーマを人工知能の物語に変奏して繰り返していることが分かります。死の恐怖は過剰な防衛行動を呼び、殺人を犯させます。その暴力は複数の乗員の生命も、当の人工知能の生命(?)までも容赦なく奪い取ります。「死の恐怖」を克服しない限り、人類の未来に希望はないとのキューブリックの呟きがスクリーンから聞こえてきます。
(参考)映画「クラッシュ」のメッセージ

その暗い予感の後に、キューブリックは原作の中に、クラークが思いもしなかった意味を見出します。石板の働きかけにより死に直面した飛行士の恐怖に引き攣る顔。そして、その感情の高まりとは対照的に、客体から主体へと奇妙に視点を転換しつつ、老いを体験する彼。死の床にあって最後の力で石碑に手を伸ばす彼。そこには死の恐怖を超克した人間、新しいアダムがいたのです。

キューブリックはユダヤ人です。私は彼の奉じた宗教を知りません。しかしこのエピソードから想起されるのは、新約聖書「ヨハネ福音書」に記されたキリストの次の言葉です―「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」。当時この言葉を受けた者にはその意味が分かりません―「年をとった者がどうして生まれることができましょう。もう一度胎内に入って生まれることができるでしょうか」。キューブリックはキリストに替わってその答えを映像で示したのではないでしょうか。

石板は「神の手」です。その手によって人類の祖先へ「知恵の実」が与えられます。その結果、暴力の世界(荒野)を放浪する運命を担った人類。しかし最後には、死の恐怖を克服し暴力から解放された人類に「永遠の命」が同じ手から授けられます。ユダヤ・キリスト教の思想に独特の解釈を加えて作品に投影したキューブリックは、不思議な部屋に通じる道を映像化するに当たり、永遠の命への道を守るとされる「剣の炎」をイメージしたかもしれません(創世記)。

死の恐怖の超克に暴力との決別を期待したスタンリー・キューブリック。死の恐怖に衝き動かされるまま防衛のための暴力を肯定するデイヴィッド・ロックフェラー。二人の対立は、こうして考えれば必然でした。同時に「恐怖と暴力」をライフテーマとするスピルバーグとデイヴィッドとの親和性もまた了解されるのです。

2001年宇宙の旅
決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)

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