2007年10月14日
メッセージジャーナルから4
オッペンハイマーと核の国際管理
原爆の出現を誰よりも早く予測し、その威力ゆえに世界の在り方を変えなければ人類は滅びてしまうだろうとまで予言したのはイギリスのSF作家にして社会思想家HGウェルズでした。1933年物理学者シラードが信号待ちの間に原爆の原理を着想しウェルズ予測の正しさを認めたのは科学史上の印象的なエピソードです(その後、シラードはアインシュタインの名を借りてFDルーズベルトに原爆開発を提言)。一方、世界再編に関するウェルズ予言の正しさを認めたのは理論物理学の雄ニールス・ボーアでした。
<参照>キャサリン・コーフィールド著「被曝の世紀」
(参考)「宇宙戦争」のメッセージ
1944年初めまでにボーアは開発国が原子力を独占することなく、国際管理を実現しなければならないとの信念を固めていました。国際的な査察官による関連施設への完全な立ち入り調査の実施と科学的発見への完全なアクセスがその二つの柱でした。このような「開かれた世界」(重要な施設も知識も国家機密にされない)なくしては、人類の存続は危ういと彼は考えました。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」上P447
ボーアを尊敬し、同年に彼と徹底的に話し合った原爆の父ロバート・オッペンハイマーもこの考えに共鳴します。原爆を「人類の脅威」であると同時に「偉大なる希望」でもあると見たボーアの思想は、オッペンハイマーの開発意欲を刺激します。オッペンハイマーは1945年に浮上したデモンストレーション案(原爆の示威行為に止めるとする案)に反対し、実戦での軍事利用をこそ念願します。地球からすべての戦争を無くすための尋常ならざる犠牲を彼は必要としたのです。彼らはまさにHGウェルズの正統な継承者でした。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」上P487
原爆開発と世界政府は、オッペンハイマーにとっては不可分でした。前者の仕事を成し遂げた彼は、続いて世界政府立ち上げに着手します(「世界政府なしで永久の平和はあり得ない。平和がなければ原子力戦が起きるだろう」)。ただし、当時の世界情勢を熟知していた彼は「暫定的解決策」として原子力管理を任務とする国際組織立ち上げに目標を定め、各国の首脳部が勝手に見直しのできない権限を備えた超越的な「共同原子力委員会」の発足を唱えます。そしてそれが理解を得られにくいと見るや、さらに妥協してバーニバー・ブッシュやジェームズ・コナントも主張していた国連に目を転じ、各国の主権の一部を移譲させた国連原子力委員会による管理案、即ちアチソン・リリエンソール案の骨格を組み上げました。(この他にソ連との直接対話により国際管理の実現を目指したボーアやヘンリー・スティムソンらの動きもありました)
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」下P59,71
「世界を不幸にする原爆カード」P289
しかし、この案もトルーマンから国連主席代表に指名されたバーナード・バルークによって改悪され、ソ連の拒否権に遭って廃案となります。その後、世界政府はもちろん、積極的な世界管理の仕組みも真剣に討議されることなく、世界は正反対の方向(独占と秘密主義、対立と競争、そして拡散)へと突き進みます。同時に政府方針と鋭く対立したオッペンハイマーは反共ヒステリーの渦の中で権力中枢から排斥されます。ヒロシマ・ナガサキを犠牲にして恒久的な平和世界を築くはずだったオッペンハイマーの原爆は、結局何の成果も生むことなく、悲惨な傷痕だけを地上に残します。HGウェルズに源を有するアクロバティックな反戦思想はこのとき一旦葬られたのです。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」
さて、私はこう見ています―驚くべきことに、葬られたウェルズの夢が半世紀の時を経て現代に蘇えろうとしている、ウェルズの継承者たちがまたしても蠢き始めたと。それは当ブログで繰り返し取り上げている21世紀初頭のロックフェラー勢力の活動のことです。彼らは世界平和を大儀に、世界を自分たちの手で管理すべく新しい体制を構築しようとしています。そのために既に「戦争を終わらせる戦争」が再現されました。誰も戦争で苦しまない世界をつくるために、彼らは911事件を引き起こして数千名の犠牲者を生み、引き続いてアフガニスタン、イラクにおいて多くの犠牲者を積み上げました。
オッペンハイマーの師マックス・ボルンは「(私の生徒たちが)利口さを抑え、もっと叡智を発揮してくれたら良かった」と回想したそうです。この言葉はオッペンハイマーだけを指している訳ではありませんが、彼の本質を言い当てています。オッペンハイマーは課題の所在を探り当て、解決策を練り上げ、現実に柔軟に対処できる有能な人間でした。しかし彼の本当の悲劇(名誉が汚されたことではなく)、当初の目的と結果としての現実の乖離の原因は、まさに自分の能力、人間の知恵を過信した点にありました(彼は無神論者にして人間理性崇拝者)。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」下P389
ロックフェラー一派が狡知に長ければオッペンハイマーの失敗を超克できると考えている限り、乖離は大きくなるばかりです。彼らはオッペンハイマーと同じ過ちを繰り返そうとしています。各人が善と思うことを知力・資力を始めありとある力を振り絞って実践したとき、そこに現れる世界が悪でしかないことを認識したラスコーリニコフにこそ彼らは学ぶべきだったのです。
(参考)"666"のメッセージ1
被曝の世紀―放射線の時代に起こったこと

オッペンハイマー 上 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇

世界を不幸にする原爆カード―ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた
原爆の出現を誰よりも早く予測し、その威力ゆえに世界の在り方を変えなければ人類は滅びてしまうだろうとまで予言したのはイギリスのSF作家にして社会思想家HGウェルズでした。1933年物理学者シラードが信号待ちの間に原爆の原理を着想しウェルズ予測の正しさを認めたのは科学史上の印象的なエピソードです(その後、シラードはアインシュタインの名を借りてFDルーズベルトに原爆開発を提言)。一方、世界再編に関するウェルズ予言の正しさを認めたのは理論物理学の雄ニールス・ボーアでした。
<参照>キャサリン・コーフィールド著「被曝の世紀」
(参考)「宇宙戦争」のメッセージ
1944年初めまでにボーアは開発国が原子力を独占することなく、国際管理を実現しなければならないとの信念を固めていました。国際的な査察官による関連施設への完全な立ち入り調査の実施と科学的発見への完全なアクセスがその二つの柱でした。このような「開かれた世界」(重要な施設も知識も国家機密にされない)なくしては、人類の存続は危ういと彼は考えました。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」上P447
ボーアを尊敬し、同年に彼と徹底的に話し合った原爆の父ロバート・オッペンハイマーもこの考えに共鳴します。原爆を「人類の脅威」であると同時に「偉大なる希望」でもあると見たボーアの思想は、オッペンハイマーの開発意欲を刺激します。オッペンハイマーは1945年に浮上したデモンストレーション案(原爆の示威行為に止めるとする案)に反対し、実戦での軍事利用をこそ念願します。地球からすべての戦争を無くすための尋常ならざる犠牲を彼は必要としたのです。彼らはまさにHGウェルズの正統な継承者でした。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」上P487
原爆開発と世界政府は、オッペンハイマーにとっては不可分でした。前者の仕事を成し遂げた彼は、続いて世界政府立ち上げに着手します(「世界政府なしで永久の平和はあり得ない。平和がなければ原子力戦が起きるだろう」)。ただし、当時の世界情勢を熟知していた彼は「暫定的解決策」として原子力管理を任務とする国際組織立ち上げに目標を定め、各国の首脳部が勝手に見直しのできない権限を備えた超越的な「共同原子力委員会」の発足を唱えます。そしてそれが理解を得られにくいと見るや、さらに妥協してバーニバー・ブッシュやジェームズ・コナントも主張していた国連に目を転じ、各国の主権の一部を移譲させた国連原子力委員会による管理案、即ちアチソン・リリエンソール案の骨格を組み上げました。(この他にソ連との直接対話により国際管理の実現を目指したボーアやヘンリー・スティムソンらの動きもありました)
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」下P59,71
「世界を不幸にする原爆カード」P289
しかし、この案もトルーマンから国連主席代表に指名されたバーナード・バルークによって改悪され、ソ連の拒否権に遭って廃案となります。その後、世界政府はもちろん、積極的な世界管理の仕組みも真剣に討議されることなく、世界は正反対の方向(独占と秘密主義、対立と競争、そして拡散)へと突き進みます。同時に政府方針と鋭く対立したオッペンハイマーは反共ヒステリーの渦の中で権力中枢から排斥されます。ヒロシマ・ナガサキを犠牲にして恒久的な平和世界を築くはずだったオッペンハイマーの原爆は、結局何の成果も生むことなく、悲惨な傷痕だけを地上に残します。HGウェルズに源を有するアクロバティックな反戦思想はこのとき一旦葬られたのです。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」
さて、私はこう見ています―驚くべきことに、葬られたウェルズの夢が半世紀の時を経て現代に蘇えろうとしている、ウェルズの継承者たちがまたしても蠢き始めたと。それは当ブログで繰り返し取り上げている21世紀初頭のロックフェラー勢力の活動のことです。彼らは世界平和を大儀に、世界を自分たちの手で管理すべく新しい体制を構築しようとしています。そのために既に「戦争を終わらせる戦争」が再現されました。誰も戦争で苦しまない世界をつくるために、彼らは911事件を引き起こして数千名の犠牲者を生み、引き続いてアフガニスタン、イラクにおいて多くの犠牲者を積み上げました。
オッペンハイマーの師マックス・ボルンは「(私の生徒たちが)利口さを抑え、もっと叡智を発揮してくれたら良かった」と回想したそうです。この言葉はオッペンハイマーだけを指している訳ではありませんが、彼の本質を言い当てています。オッペンハイマーは課題の所在を探り当て、解決策を練り上げ、現実に柔軟に対処できる有能な人間でした。しかし彼の本当の悲劇(名誉が汚されたことではなく)、当初の目的と結果としての現実の乖離の原因は、まさに自分の能力、人間の知恵を過信した点にありました(彼は無神論者にして人間理性崇拝者)。
<参照>カイ・バード他著「オッペンハイマー」下P389
ロックフェラー一派が狡知に長ければオッペンハイマーの失敗を超克できると考えている限り、乖離は大きくなるばかりです。彼らはオッペンハイマーと同じ過ちを繰り返そうとしています。各人が善と思うことを知力・資力を始めありとある力を振り絞って実践したとき、そこに現れる世界が悪でしかないことを認識したラスコーリニコフにこそ彼らは学ぶべきだったのです。
(参考)"666"のメッセージ1
被曝の世紀―放射線の時代に起こったこと

オッペンハイマー 上 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇

世界を不幸にする原爆カード―ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた

