2007年09月28日
書籍「アメリカの中のヒロシマ」(RJリフトン著)のメッセージ
感覚麻痺の帰結
アメリカ国民の大多数が広島・長崎の原爆投下を支持していることはご存じでしょう。では、その後の紛争・戦争においても国民の過半数が原爆使用に同意した場面があったことをご存じでしたか?ギャラップ社世論調査で少なくとも次の3回が確認できます。
1.1951年朝鮮戦争で中国が参戦したとき
2.1954年ベトナムでフランス軍が包囲されたとき
3.1955年台湾海峡危機が訪れたとき(1954年の誤りでは?)
朝鮮戦争でマッカーサー元帥が原爆使用を進言し、当時の大統領トルーマンに更迭されたことは有名な話です。それを私は戦場の軍人の勇み足だろうとこれまで思っていました。アメリカ国民がこれほどまでに好戦的だった(あるいは核兵器使用に対する慎みがまるでない)ことには驚かされます。
<参照>リフトン著「アメリカの中のヒロシマ」(調査結果は下P143注より)
精神医学者リフトンは、米国民のこうした心理が広島・長崎の原爆への対処に起因していると分析しました。原爆のみが戦争終結をもたらし、それゆえその後に予定されていた本土侵攻により失われたはずの多くの人命を原爆が「救った」(決して無力な敵に対する復讐などではないし、ソ連政策からでもない。原爆使用は人道的だった)―これがどうしても使用を正当化しなければならなかった米政府が編み出した公式見解(1947年スティムソン論文で確定)です。これを当時の国民は熱烈に支持します。本当のところ、国民は広島と長崎における原爆被害に強い不安を感じていました。しかし彼らは自国が不道徳な国などと考えたくはありません。そこで不安を抑圧し、政府見解に飛びついたのです。
その頼みの綱は揺さぶられます。「人命を救うために殺す」との理屈は、「どんな残虐行為も、全くどんな行為であれ、こうした理由でなら許される結果になってしまう」(ドワイト・マクドナルド/上P49)と識者から批判され、オランダ爆撃の際のヒトラーの理屈と並置されます(フルトン・シーン/上P112)。歴史家からは、日本本土侵攻作戦立案時の被害予測資料(上P253)、米戦略調査団の終戦時期に関する報告(上P114)などを根拠に、原爆が救ったという人命数や「原爆のみが戦争終結をもたらし」たとの主張に疑問が投げ掛けられます。
公式見解が史実でもなく正論でもないと疑われ兼ねない脅威にあって、国民は現実に対し堅く心を閉ざすことで防衛しようとします。一方で「原爆により救われた人数」は不安の大きさに比例して膨れ上がり、他方で被爆の現実を知ること、償いにつながる被爆者救済が拒否されました。こうした態度をリフトンは「感覚麻痺」と診断します。戦後の早い時期にアメリカ国民が集団として精神を病んだと彼は考えました。
<参照>被爆者側の「感覚麻痺」(記憶喪失、感情鈍磨)については中澤正夫著「ヒバクシャの心の傷を追って」(リフトンの「死の内の生命」は未読)
広島と長崎の原爆という過去の出来事を起因としたアメリカ国民の病理は、必然として現在と未来をも蝕み始めます。一旦原爆使用を認めてしまえば、そして不幸なことに原爆を道徳的だと断じてしまえば、必要なら今後の使用も許されるとの認識へ真っ直ぐにつながります。現実から逃避しているだけに確かな歯止めは形成されず、水爆開発も、核兵器の大量製造・保有・配備も実に安易に是認されるばかりです。その結果が冒頭の意識調査であり、その後も拡大される米ソ核武装競争の現実だったのです。
政治家・国民から核武装について真摯な考察を行う機会、冷静な判断を下す機会を奪った第一の要因が核を巡る秘密主義にあったことは確かです。原爆開発の過程では過去に例がないほどに機密保持が徹底されました(内部でも全体像を知る立場の研究者は限られていた)。原爆投下を決定したのは極少数の人たちです。跡を継いだ原子力委員会(AEC)は、都合の悪い情報を慢性的に隠匿しました(後にその悪質ぶりが露呈して解散)。ケネディ政権の閣僚スチュワート・L・ユードルが主張するとおり、諸悪の根源は秘密主義にあり、何よりも必要とされるのは「開かれた政府」に違いありません。しかし例え情報が公開されていても、国民が見ようとしなければ、好戦的な政治家が国民を地獄の淵に導くのは容易いでしょう(現に広島・長崎の被害実態は今だにスミソニアンで展示できない)。
<参照>スチュワート・L・ユードル著「八月の神話」(AECの情報隠匿の実態を知ることができます)
核の悲劇を繰り返さないためには、核の狂気から人類を救い出すためには、やはり国民の病理を癒すことこそが肝要です。国民が現実から目を背けずに、しっかりと考え、また判断していれば、トルーマンは原爆の量産や水爆開発を勝手に推進できなかったでしょうし、ロバート・S・マクナマラがMAD(相互確証破壊)戦略を持ち出すこともなかったでしょう。この単純な処方を私たちから遠ざけているのが「同胞意識・帰属意識」であることもまた明らかです。米国民は母国の愚行を正視できません。国と自分を一体視する心理が働くためです。退役軍人は米軍の愚行を直視できません。軍が正義や自由のために活動していないとなると、自分の行為を正当化できなくなるからです(20世紀前半にしてバトラー将軍は米軍を多国籍企業の私兵であると認めているのに)。
当時の首相チャーチルは大統領トルーマンに向って「あなたと私が聖ペテロの前に立ち、彼が『汝らは原爆投下に責任があると思う。汝らは何かいうことがあるか』と言われた瞬間に、答える準備がちゃんとできているでしょうね」と尋ねたそうです(上P266)。いつか誰もがこの世での自分の行いを裁かれる瞬間を迎えるのかもしれません(クリスチャンでないなら閻魔大王やスーパーエゴに置き換えても良いでしょう)。その時に人はアメリカ人を理由として、米軍に所属したことを理由として、特定の出自を理由として裁かれるでしょうか?聖書が明言するとおり、そして理性が教えるとおり、私たちは個人として裁かれるのです。(敢えて続ければ、クリスチャンを理由としてでもない)
米国民が同胞意識・帰属意識に引きずられて、「米国は正義の国だ、だから原爆投下は正しかった」と言うとき、それまで原爆投下とは何ら直接の関わりを持たなかった人が、初めて個人として関わりを持つのです。東京大空襲や広島・長崎の原爆投下に道を開いた重慶爆撃(また南京虐殺、従軍慰安婦等々)について、戦後世代の日本国民が事件の存在を否定したり、行為を正当化しようとするとき、あるいは事実を隠ぺい・歪曲しようとするとき、その人はその事件と関わりを持つのです。大切なのは、個人が何をしたか、何を言ったかです。
<参照>前田哲男著「戦略爆撃の思想」
冷戦が終結した今も、2万発の核弾頭が「配備」されているそうです。私たちの世界が狂っていることを私たちは直視できるでしょうか?それとも「しょうがない」と公言しておきますか?いっそカーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を授与しますか?(ルメイの部下として戦略爆撃を立案したのがマクナマラ)。
(参考)映画「ロードオブウォー」のメッセージ1(妻は夫の仕事から目を背け、私たちは国家による武器取引の実態に知らないふりをした)
アメリカの中のヒロシマ (上)
アメリカの中のヒロシマ (下)
ヒバクシャの心の傷を追って
八月の神話―原子力と冷戦がアメリカにもたらした悲劇
戦略爆撃の思想―ゲルニカ・重慶・広島
アメリカ国民の大多数が広島・長崎の原爆投下を支持していることはご存じでしょう。では、その後の紛争・戦争においても国民の過半数が原爆使用に同意した場面があったことをご存じでしたか?ギャラップ社世論調査で少なくとも次の3回が確認できます。
1.1951年朝鮮戦争で中国が参戦したとき
2.1954年ベトナムでフランス軍が包囲されたとき
3.1955年台湾海峡危機が訪れたとき(1954年の誤りでは?)
朝鮮戦争でマッカーサー元帥が原爆使用を進言し、当時の大統領トルーマンに更迭されたことは有名な話です。それを私は戦場の軍人の勇み足だろうとこれまで思っていました。アメリカ国民がこれほどまでに好戦的だった(あるいは核兵器使用に対する慎みがまるでない)ことには驚かされます。
<参照>リフトン著「アメリカの中のヒロシマ」(調査結果は下P143注より)
精神医学者リフトンは、米国民のこうした心理が広島・長崎の原爆への対処に起因していると分析しました。原爆のみが戦争終結をもたらし、それゆえその後に予定されていた本土侵攻により失われたはずの多くの人命を原爆が「救った」(決して無力な敵に対する復讐などではないし、ソ連政策からでもない。原爆使用は人道的だった)―これがどうしても使用を正当化しなければならなかった米政府が編み出した公式見解(1947年スティムソン論文で確定)です。これを当時の国民は熱烈に支持します。本当のところ、国民は広島と長崎における原爆被害に強い不安を感じていました。しかし彼らは自国が不道徳な国などと考えたくはありません。そこで不安を抑圧し、政府見解に飛びついたのです。
その頼みの綱は揺さぶられます。「人命を救うために殺す」との理屈は、「どんな残虐行為も、全くどんな行為であれ、こうした理由でなら許される結果になってしまう」(ドワイト・マクドナルド/上P49)と識者から批判され、オランダ爆撃の際のヒトラーの理屈と並置されます(フルトン・シーン/上P112)。歴史家からは、日本本土侵攻作戦立案時の被害予測資料(上P253)、米戦略調査団の終戦時期に関する報告(上P114)などを根拠に、原爆が救ったという人命数や「原爆のみが戦争終結をもたらし」たとの主張に疑問が投げ掛けられます。
公式見解が史実でもなく正論でもないと疑われ兼ねない脅威にあって、国民は現実に対し堅く心を閉ざすことで防衛しようとします。一方で「原爆により救われた人数」は不安の大きさに比例して膨れ上がり、他方で被爆の現実を知ること、償いにつながる被爆者救済が拒否されました。こうした態度をリフトンは「感覚麻痺」と診断します。戦後の早い時期にアメリカ国民が集団として精神を病んだと彼は考えました。
<参照>被爆者側の「感覚麻痺」(記憶喪失、感情鈍磨)については中澤正夫著「ヒバクシャの心の傷を追って」(リフトンの「死の内の生命」は未読)
広島と長崎の原爆という過去の出来事を起因としたアメリカ国民の病理は、必然として現在と未来をも蝕み始めます。一旦原爆使用を認めてしまえば、そして不幸なことに原爆を道徳的だと断じてしまえば、必要なら今後の使用も許されるとの認識へ真っ直ぐにつながります。現実から逃避しているだけに確かな歯止めは形成されず、水爆開発も、核兵器の大量製造・保有・配備も実に安易に是認されるばかりです。その結果が冒頭の意識調査であり、その後も拡大される米ソ核武装競争の現実だったのです。
政治家・国民から核武装について真摯な考察を行う機会、冷静な判断を下す機会を奪った第一の要因が核を巡る秘密主義にあったことは確かです。原爆開発の過程では過去に例がないほどに機密保持が徹底されました(内部でも全体像を知る立場の研究者は限られていた)。原爆投下を決定したのは極少数の人たちです。跡を継いだ原子力委員会(AEC)は、都合の悪い情報を慢性的に隠匿しました(後にその悪質ぶりが露呈して解散)。ケネディ政権の閣僚スチュワート・L・ユードルが主張するとおり、諸悪の根源は秘密主義にあり、何よりも必要とされるのは「開かれた政府」に違いありません。しかし例え情報が公開されていても、国民が見ようとしなければ、好戦的な政治家が国民を地獄の淵に導くのは容易いでしょう(現に広島・長崎の被害実態は今だにスミソニアンで展示できない)。
<参照>スチュワート・L・ユードル著「八月の神話」(AECの情報隠匿の実態を知ることができます)
核の悲劇を繰り返さないためには、核の狂気から人類を救い出すためには、やはり国民の病理を癒すことこそが肝要です。国民が現実から目を背けずに、しっかりと考え、また判断していれば、トルーマンは原爆の量産や水爆開発を勝手に推進できなかったでしょうし、ロバート・S・マクナマラがMAD(相互確証破壊)戦略を持ち出すこともなかったでしょう。この単純な処方を私たちから遠ざけているのが「同胞意識・帰属意識」であることもまた明らかです。米国民は母国の愚行を正視できません。国と自分を一体視する心理が働くためです。退役軍人は米軍の愚行を直視できません。軍が正義や自由のために活動していないとなると、自分の行為を正当化できなくなるからです(20世紀前半にしてバトラー将軍は米軍を多国籍企業の私兵であると認めているのに)。
当時の首相チャーチルは大統領トルーマンに向って「あなたと私が聖ペテロの前に立ち、彼が『汝らは原爆投下に責任があると思う。汝らは何かいうことがあるか』と言われた瞬間に、答える準備がちゃんとできているでしょうね」と尋ねたそうです(上P266)。いつか誰もがこの世での自分の行いを裁かれる瞬間を迎えるのかもしれません(クリスチャンでないなら閻魔大王やスーパーエゴに置き換えても良いでしょう)。その時に人はアメリカ人を理由として、米軍に所属したことを理由として、特定の出自を理由として裁かれるでしょうか?聖書が明言するとおり、そして理性が教えるとおり、私たちは個人として裁かれるのです。(敢えて続ければ、クリスチャンを理由としてでもない)
米国民が同胞意識・帰属意識に引きずられて、「米国は正義の国だ、だから原爆投下は正しかった」と言うとき、それまで原爆投下とは何ら直接の関わりを持たなかった人が、初めて個人として関わりを持つのです。東京大空襲や広島・長崎の原爆投下に道を開いた重慶爆撃(また南京虐殺、従軍慰安婦等々)について、戦後世代の日本国民が事件の存在を否定したり、行為を正当化しようとするとき、あるいは事実を隠ぺい・歪曲しようとするとき、その人はその事件と関わりを持つのです。大切なのは、個人が何をしたか、何を言ったかです。
<参照>前田哲男著「戦略爆撃の思想」
冷戦が終結した今も、2万発の核弾頭が「配備」されているそうです。私たちの世界が狂っていることを私たちは直視できるでしょうか?それとも「しょうがない」と公言しておきますか?いっそカーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を授与しますか?(ルメイの部下として戦略爆撃を立案したのがマクナマラ)。
(参考)映画「ロードオブウォー」のメッセージ1(妻は夫の仕事から目を背け、私たちは国家による武器取引の実態に知らないふりをした)
アメリカの中のヒロシマ (上)
アメリカの中のヒロシマ (下)
ヒバクシャの心の傷を追って八月の神話―原子力と冷戦がアメリカにもたらした悲劇
戦略爆撃の思想―ゲルニカ・重慶・広島監督:アンドリュー・ニコル
収録時間:122分
レンタル開始日:2006-06-09
Story
アンドリュー・ニコル監督が『ナショナル・トレジャー』のニコラス・ケイジを主演に迎えて描くサスペンスアクション。裏社会で天性の才覚を発揮した“史上最強の武器商人”と呼ばれた男、ユーリー・オルロフの実像を(詳細こちら)


