2007年04月22日
映画「呪い村」(マイケル・マックスウェル・マクラーレン監督)のメッセージ
436の数の秘密(ハイパー・ルネッサンス)
私たちに何かを伝えようとした映画"Population436"は、「呪い村」の邦題でラベルづけされたまま私の脳の奥深くにある薄暗い倉庫に追いやられていました。幸い、考察を進める中でこの作品の新たな価値に気づいた私は、慌てて忘却の淵から救い出そうとしています。映画「呪い村」は、思想的深みは感じられないものの、デイヴィッド・ロックフェラーを告発する数少ない作品の一つだったようです(カナダ産なのですね)。
(参考)映画「博士の異常な愛情」のメッセージ (キューブリックは60年代からロックフェラー思想の危険性を鋭く告発し続けた映画人です)
この作品は恐らくほとんどの方が未見でしょうし、これからも鑑賞機会は訪れないかもしれません。そこで簡単にあらすじを紹介しておくことにします。主人公の人口統計官は、人口がここ100年ばかり全く変わらない片田舎のロックウェル・フォールズ(Rockwell-falls)村に興味を抱き現地入りします。そこは古き良き時代の雰囲気に包まれた平和な村なのですが、代々伝えられる呪い伝説を恐れた村人たちが意図して人口を一定に保っていることが明らかになります。やがてそのために殺人さえ行われ、この事実に疑問を感じる村民を精神病として隔離し、ロボトミー手術を始めとした洗脳手段を行使していたことまで判明します。危険を感じついに村から逃げ出した彼は、実現した呪いによって命を失います。
以前の記事で私は映画「ヴィレッジ」「マトリックス」が「逃げ出さない限り安全と生活が保障される閉鎖世界」を舞台にしていると書きました。この「閉鎖社会」は これまで何度も映画のテーマに取り上げられたディストピア(ルーカス初期作品「THX-1138」など)とは明らかに異なり、普通の社会であり、映画「呪い村」のようにむしろ温かい人間関係が生きていて居心地の良い社会であることがアピールされています。
(参照)映画「マトリックス」のメッセージ1
これら作品に共通するルールは、外の世界に出ることが禁止されていることです。映画「呪い村」が他の作品と異なるのは、この禁忌を批判する姿勢です。別のエンディングが用意されたことからも分かるように、作品は呪いが本当にあったとか、観客をホラーで楽しませるとかいった意図を持ちません。どんなに快適な環境であっても、自由がなければ無価値とのメッセージが明瞭に打ち出されます。(洗脳された家族が牢屋の中で幸せな生活を続けるシーンは秀逸です)
なぜこの村にこのような掟(ルール)が課されたのかは結局明かされません。しかしそのヒントとして村人たちが数秘術に支配されている状況が示されます。タイトル"436"は人口が436人に制限されていることだけでなく、実は数字の4と3と6が重要であることを含意します。役場にはピタゴラス数秘術の本が飾られ、小学校では奇妙な数え歌が合唱されます。その両方(本と歌詞)に登場するのが4と3と6です(きっとこの順番にも意味があるのでしょう)。
4:Solidarity and steadfatness
3:We are the Union of the divine
6:and We shall cherish equilibrium and peace
4:団結と不変の理念
3:我々は聖なる合一
6:均衡と平和を慈しむ
これらの言葉にはここまでロックフェラー作品を考察してきた私たちを刺激するものがあります。4は上で定義した村(閉鎖世界)を指し示しています。3では「コンスタンティン」で確認し、今後も確認することになる中心メッセージのキーワードが見られ(手段では?)、6では「レディインザウォーター」を始めとする複数の作品でメッセージされるロックフェラーの目的・理想が謳われています。
マクラーレン監督は、ロックフェラーに通じる名前の村を舞台に、管理社会とその落し子である洗脳や人口調整を告発し、同時に数秘術が彼らの行動を貫いていることを私たちに教えてくれています。彼らが抱く「均衡と平和」実現の希望は、彼らが映画で強調するような人類への深い愛に突き動かされた結果というより、数に関する神秘思想に冷徹に従った結果だというのですから何とも不気味ではありませんか。
私たちに何かを伝えようとした映画"Population436"は、「呪い村」の邦題でラベルづけされたまま私の脳の奥深くにある薄暗い倉庫に追いやられていました。幸い、考察を進める中でこの作品の新たな価値に気づいた私は、慌てて忘却の淵から救い出そうとしています。映画「呪い村」は、思想的深みは感じられないものの、デイヴィッド・ロックフェラーを告発する数少ない作品の一つだったようです(カナダ産なのですね)。
(参考)映画「博士の異常な愛情」のメッセージ (キューブリックは60年代からロックフェラー思想の危険性を鋭く告発し続けた映画人です)
この作品は恐らくほとんどの方が未見でしょうし、これからも鑑賞機会は訪れないかもしれません。そこで簡単にあらすじを紹介しておくことにします。主人公の人口統計官は、人口がここ100年ばかり全く変わらない片田舎のロックウェル・フォールズ(Rockwell-falls)村に興味を抱き現地入りします。そこは古き良き時代の雰囲気に包まれた平和な村なのですが、代々伝えられる呪い伝説を恐れた村人たちが意図して人口を一定に保っていることが明らかになります。やがてそのために殺人さえ行われ、この事実に疑問を感じる村民を精神病として隔離し、ロボトミー手術を始めとした洗脳手段を行使していたことまで判明します。危険を感じついに村から逃げ出した彼は、実現した呪いによって命を失います。
以前の記事で私は映画「ヴィレッジ」「マトリックス」が「逃げ出さない限り安全と生活が保障される閉鎖世界」を舞台にしていると書きました。この「閉鎖社会」は これまで何度も映画のテーマに取り上げられたディストピア(ルーカス初期作品「THX-1138」など)とは明らかに異なり、普通の社会であり、映画「呪い村」のようにむしろ温かい人間関係が生きていて居心地の良い社会であることがアピールされています。
(参照)映画「マトリックス」のメッセージ1
これら作品に共通するルールは、外の世界に出ることが禁止されていることです。映画「呪い村」が他の作品と異なるのは、この禁忌を批判する姿勢です。別のエンディングが用意されたことからも分かるように、作品は呪いが本当にあったとか、観客をホラーで楽しませるとかいった意図を持ちません。どんなに快適な環境であっても、自由がなければ無価値とのメッセージが明瞭に打ち出されます。(洗脳された家族が牢屋の中で幸せな生活を続けるシーンは秀逸です)
なぜこの村にこのような掟(ルール)が課されたのかは結局明かされません。しかしそのヒントとして村人たちが数秘術に支配されている状況が示されます。タイトル"436"は人口が436人に制限されていることだけでなく、実は数字の4と3と6が重要であることを含意します。役場にはピタゴラス数秘術の本が飾られ、小学校では奇妙な数え歌が合唱されます。その両方(本と歌詞)に登場するのが4と3と6です(きっとこの順番にも意味があるのでしょう)。
4:Solidarity and steadfatness
3:We are the Union of the divine
6:and We shall cherish equilibrium and peace
4:団結と不変の理念
3:我々は聖なる合一
6:均衡と平和を慈しむ
これらの言葉にはここまでロックフェラー作品を考察してきた私たちを刺激するものがあります。4は上で定義した村(閉鎖世界)を指し示しています。3では「コンスタンティン」で確認し、今後も確認することになる中心メッセージのキーワードが見られ(手段では?)、6では「レディインザウォーター」を始めとする複数の作品でメッセージされるロックフェラーの目的・理想が謳われています。
マクラーレン監督は、ロックフェラーに通じる名前の村を舞台に、管理社会とその落し子である洗脳や人口調整を告発し、同時に数秘術が彼らの行動を貫いていることを私たちに教えてくれています。彼らが抱く「均衡と平和」実現の希望は、彼らが映画で強調するような人類への深い愛に突き動かされた結果というより、数に関する神秘思想に冷徹に従った結果だというのですから何とも不気味ではありませんか。
収録時間:92分
レンタル開始日:2007-02-21
Story
『Xファイル』を手掛けたマイケル・マックスウェル監督によるサスペンスホラー。436人しか生きることを許されない地方のとある村。その村に新たな住人が来ると確実に誰かが死ぬ。そんな中、村の者たちは自分が生き残(詳細こちら)


