2007年03月19日

映画「カポーティー」(ベネット・ミラー監督)のメッセージ

人は他者の目で自己を見る

映画「カポーティー」のキーワードは「目」です。カンザス州一家虐殺事件の犯人ペリー・スミスはカポーティーに、善良そのものに見える一家の主人から怯える目で見詰められた瞬間に殺人衝動が湧き上がったと告白します。ペリーは凶行の渦中において、相棒の残虐さを制止する態度を示して善良さを装っていました。ところが主人の目に映った自分の真実の姿に触れたとき、その虚像は粉々に崩れたのです。

告白を引き出した当のカポーティーも、善良さから遠くはあるが他人である犯人の目によって自己を認識します。彼は正直さを装いながら、都合よく情報を引き出そうとする偽善者の自分を犯人たちがどう「見ている」のかに気を揉みます。処刑直前もカポーティーは彼らにその問いを投げ掛けずにはいられません。一旦好意的な返答を受け取った彼に意外な方向から核心の答えが返されます。共犯のリチャード・ヒコックは献体を希望しており、自分の目がいつかどこかでカポーティーを見詰めるだろうと語ります。リチャードには希望のビジョンだったとしても、カポーティーには苦痛が永遠に続くとの宣告でした。

己の醜い本性を知ったとき、それを否定したい人間は二つの選択に直面します。相手を破壊するか、さもなければ自滅するかです。ペリーもカポーティーも前者を採りました。カポーティーは早期に彼らが司法によって破壊されること(処刑)を望んだのです。ようやくその願いが実現するというのに、リチャードから呪いの言葉を聞いたばかりに彼の魂に平安は訪れません。その目を持った人間が誰であるかを知る術もない(意味もない)彼の前には、もはや自分を崩壊させる道しか残されてはいないのでした。

不意に善なる存在に見詰められたときに、私たちはその目に映し出された自己の不善を認めることができるでしょうか?それとも頑なに否定して、犯人やカポーティーと同じ隘路にさ迷い込むことになるのでしょうか?

カポーティ コレクターズ・エディション

getmessage at 22:25 │Comments(0)TrackBack(0)映画 

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