2007年03月11日
映画「マトリックス」のメッセージ2
Matrix2.0(進化する管理システム)
前回の考察を通して、映画「マトリックス」3部作が第一部で「真実」を、第二部で「目的・存在理由」を不確かなものと考えていることが分かりました。その先で主人公ネオが到達したのは、唯一「選択」の価値だけが確かとの認識でした。「選択」は部毎のテーマとは別に、作品全体を貫く「マトリックス」のメイン・テーマです。
(参考)映画「マトリックス」のメッセージ1
「選択」を軸に各部をもう一度振り返ってみます。第一部では、マトリックスを取るか現実を取るかの選択がネオに、そして反乱勢力の各人に課されました。現実を選択したネオ、しかしサイファーは再びマトリックスを選択しました。また現実世界に目覚め活動するネオに、モーフィアスの命を取るか自分の命を取るかの選択が課せられます。結果、ネオはモーフィアスの命を取り、自身はトリニティの愛に救われました。
第二部では、さらにトリニティの命を取るか人類全体の命を取るかの選択がネオに課せられました。過去、5人のキーマン(救世主)が反乱勢力の一掃と人類全体の命の選択で後者を決断させられました。しかしネオはトリニティを選択します。期待された救世主の役割(目的・存在理由)を彼は拒否しました。そして、第三部で自らの命と引き換えに、人類と反乱勢力(ザイオン)の両方を救うことになります。ネオの選択は同時にトリニティの選択でもありました。彼女は自分の命を投げ出してネオを救おうとし、結果としてネオに救われました。
第二部のエンディング、アーキテクトとの対決の場でネオはつぶやきます―「問題は選択だ」。大団円、第三部の決闘シーンで、なぜ戦い続けるのかと問うスミスにネオは答えます―「選択したから」。作品の随所で選択が迫られ、誰もが何かしらの決断を下します。ラストシーンで強調されるオラクルの言葉「信じたから」も、船長ナイオビの言葉「ネオを信じた」も選択を表現しています。
(変数の一つに過ぎないとして選択の価値を認めないのは、目的・存在理由を信奉するソフトウェアたちです。地下鉄で出会ったエグザイルの娘の一件が指し示すとおり、確かにプログラムはそれなくしてはあり得ません。モーフィアスについては前回の記事で触れました)
ウォシャウスキー兄弟の懐の深さは、「選択」についての考察をさらに掘り下げた点に見出せます。オラクルは自分の信じるところに従って主要な登場人物たちを明らかに誘導しています。ネオもその誘導に従ってアーキテクトの前に立ち、奇怪な機械の神の面前に赴きます。そんなふうに誘導された末の選択に価値などあるものでしょうか?オラクルは言います―「私が味方か敵かを知る術はない。私の言葉を受け取るのも拒絶するのもあなた次第」。どんなに影響を受けようと、決断をしたことに変わりはないと作品は言い切ります。
実は、この重要な価値「選択」をいかに管理システムの中に取り込むかを巡るシミュレーションと考えれば、この作品がよく理解できます。第一部では、反乱意思・選択が頑なに拒否されるヴィレッジ型システムが描かれました。これがアーキテクトが説明する初期マトリックスです。第二部では、選択(変動要素)さえも都合よく取り込む安定システムが描かれました。これはオラクルの発案によって改良された新型マトリックスです。そして第三部で描かれたのは、選択・変動要素を外界に隔離して柔軟にバランスを取る次世代マトリックスです。
ネオはシステム基盤に入り込み、自由を望む人々が外界にあって生存を許されるようルールを改変させました。内部においても目覚めた人々は外界へ脱しても良いとアーキテクトは約束します。しかし彼らの計算によれば、選択を行使するのは1%の人々に過ぎません。まさかマトリックス内部で目覚めキャンペーンが合法化されるはずはありませんから、結局は極少数の人々がかろうじて外界での生存を許されたくらいの意味しか持ち得ないはずです。それがどうしてあのような勝ち誇ったエンディングになるのでしょうか?
成就された「革命」も人間にとっての革命ではなく、管理システムにとっての革命だと考えれば了解できます。最初は選択を頑として認めない。例え誰かの構想に基づき世界が特定の方向へ誘導されたとしても、各人が選択したことに変わりはない。そんな理屈で強制的にシステムを始動させ、ともかくシステムを確立する。その後で初めて、段階的に人間の選択を取り込む―彼らは「進化する管理システム」の着想を得たのです。このことは「多元社会の管理」なる矛盾が解決されたことを意味します。彼らにとっては祝祭に価するものでした。
私たちはこのシミュレーションが誰のためのものだったかを知っています。平和な理想世界を招来するためには、その過程で誘導はもちろん、必要とあれば強制や暴力も辞さないと考えているのが誰だったかを知っています。偽りの対立関係を創り出し、共通の目的を追及させるパターンを得意とするのが誰だったか、人工知能に強い拘りを持っているのが誰かも知っています。彼らの尊敬するH.G.ウェルズは、人間が退化すること、自滅することを真剣に恐れました。滅び・破壊の衝動はスミスとして造形され、これを阻止して平和な世界を招来する救世主はネオとして造形されました。自らの命(人生)を犠牲にして、マトリックスと人類を救うネオは、デイヴィッド・ロックフェラーのメタファーです。
(参考)たとえば ロックフェラーのメッセージ2
映画「レディインザウォーター」のメッセージ6
小説「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは選ばれた少数者には、理想世界を築くための善悪を踏み越える権利が与えられていると考えました。彼はそのために金貸しの老婆を殺しますが、その後苦しむのは罪の意識からでなく、踏み越えきれない自分の不甲斐無さからでした。デイヴィッドは有り余る資金と十分な権力を獲得し、さらなる使命を求めてラスコーリニコフの後を追いました。彼は善悪の境界線を易々と踏み越えた上、管理システムまで用意してラスコーリニコフの悪夢(他の理想主義者が現れて世界を無秩序に陥れる)を封じることにしました。
ユダヤ・キリスト教の神ヤーウェは、生命を創造し、自身の恵みを贈与しようと計画しました。全能の神は世界の創造と同時にそれを実現することができたはずです。しかし善意の強制は悪でしかありません。そこで、人間に十分な選択の機会を与えるための「歴史」が創始されます。デイヴィッド・ロックフェラーはそんな選択の重要性を認識しながら、ヤーウェとは逆に最初に強制を置き、その後で限定的に選択を許そうと考えています。暴力から産み出された世界が平和から遠いように(「戦争を根絶するための戦争」が標榜された第一次大戦から世界はどこへ進んだのか)、強制から産み出された世界は選択と自由から遠いのにも拘わらず(自分以外の人間を信じられず人工知能に管理を任せたとしても)。
ドストエフスキーは、善を志向して悪を行うラスコーリニコフに「終りのときの獣(666)」を見出しました。デイヴィッド・ロックフェラーの罪の根源はここにあります。6番目の救世主ネオに自身を重ねた彼はそのことをとっくに自覚していたのでしょう。
(参考)"666"のメッセージ1
映画「レディインザウォーター」のメッセージ4 (「終りのときの獣」に自ら重ね合わせ)
マトリックス リローデッド
前回の考察を通して、映画「マトリックス」3部作が第一部で「真実」を、第二部で「目的・存在理由」を不確かなものと考えていることが分かりました。その先で主人公ネオが到達したのは、唯一「選択」の価値だけが確かとの認識でした。「選択」は部毎のテーマとは別に、作品全体を貫く「マトリックス」のメイン・テーマです。
(参考)映画「マトリックス」のメッセージ1
「選択」を軸に各部をもう一度振り返ってみます。第一部では、マトリックスを取るか現実を取るかの選択がネオに、そして反乱勢力の各人に課されました。現実を選択したネオ、しかしサイファーは再びマトリックスを選択しました。また現実世界に目覚め活動するネオに、モーフィアスの命を取るか自分の命を取るかの選択が課せられます。結果、ネオはモーフィアスの命を取り、自身はトリニティの愛に救われました。
第二部では、さらにトリニティの命を取るか人類全体の命を取るかの選択がネオに課せられました。過去、5人のキーマン(救世主)が反乱勢力の一掃と人類全体の命の選択で後者を決断させられました。しかしネオはトリニティを選択します。期待された救世主の役割(目的・存在理由)を彼は拒否しました。そして、第三部で自らの命と引き換えに、人類と反乱勢力(ザイオン)の両方を救うことになります。ネオの選択は同時にトリニティの選択でもありました。彼女は自分の命を投げ出してネオを救おうとし、結果としてネオに救われました。
第二部のエンディング、アーキテクトとの対決の場でネオはつぶやきます―「問題は選択だ」。大団円、第三部の決闘シーンで、なぜ戦い続けるのかと問うスミスにネオは答えます―「選択したから」。作品の随所で選択が迫られ、誰もが何かしらの決断を下します。ラストシーンで強調されるオラクルの言葉「信じたから」も、船長ナイオビの言葉「ネオを信じた」も選択を表現しています。
(変数の一つに過ぎないとして選択の価値を認めないのは、目的・存在理由を信奉するソフトウェアたちです。地下鉄で出会ったエグザイルの娘の一件が指し示すとおり、確かにプログラムはそれなくしてはあり得ません。モーフィアスについては前回の記事で触れました)
ウォシャウスキー兄弟の懐の深さは、「選択」についての考察をさらに掘り下げた点に見出せます。オラクルは自分の信じるところに従って主要な登場人物たちを明らかに誘導しています。ネオもその誘導に従ってアーキテクトの前に立ち、奇怪な機械の神の面前に赴きます。そんなふうに誘導された末の選択に価値などあるものでしょうか?オラクルは言います―「私が味方か敵かを知る術はない。私の言葉を受け取るのも拒絶するのもあなた次第」。どんなに影響を受けようと、決断をしたことに変わりはないと作品は言い切ります。
実は、この重要な価値「選択」をいかに管理システムの中に取り込むかを巡るシミュレーションと考えれば、この作品がよく理解できます。第一部では、反乱意思・選択が頑なに拒否されるヴィレッジ型システムが描かれました。これがアーキテクトが説明する初期マトリックスです。第二部では、選択(変動要素)さえも都合よく取り込む安定システムが描かれました。これはオラクルの発案によって改良された新型マトリックスです。そして第三部で描かれたのは、選択・変動要素を外界に隔離して柔軟にバランスを取る次世代マトリックスです。
ネオはシステム基盤に入り込み、自由を望む人々が外界にあって生存を許されるようルールを改変させました。内部においても目覚めた人々は外界へ脱しても良いとアーキテクトは約束します。しかし彼らの計算によれば、選択を行使するのは1%の人々に過ぎません。まさかマトリックス内部で目覚めキャンペーンが合法化されるはずはありませんから、結局は極少数の人々がかろうじて外界での生存を許されたくらいの意味しか持ち得ないはずです。それがどうしてあのような勝ち誇ったエンディングになるのでしょうか?
成就された「革命」も人間にとっての革命ではなく、管理システムにとっての革命だと考えれば了解できます。最初は選択を頑として認めない。例え誰かの構想に基づき世界が特定の方向へ誘導されたとしても、各人が選択したことに変わりはない。そんな理屈で強制的にシステムを始動させ、ともかくシステムを確立する。その後で初めて、段階的に人間の選択を取り込む―彼らは「進化する管理システム」の着想を得たのです。このことは「多元社会の管理」なる矛盾が解決されたことを意味します。彼らにとっては祝祭に価するものでした。
私たちはこのシミュレーションが誰のためのものだったかを知っています。平和な理想世界を招来するためには、その過程で誘導はもちろん、必要とあれば強制や暴力も辞さないと考えているのが誰だったかを知っています。偽りの対立関係を創り出し、共通の目的を追及させるパターンを得意とするのが誰だったか、人工知能に強い拘りを持っているのが誰かも知っています。彼らの尊敬するH.G.ウェルズは、人間が退化すること、自滅することを真剣に恐れました。滅び・破壊の衝動はスミスとして造形され、これを阻止して平和な世界を招来する救世主はネオとして造形されました。自らの命(人生)を犠牲にして、マトリックスと人類を救うネオは、デイヴィッド・ロックフェラーのメタファーです。
(参考)たとえば ロックフェラーのメッセージ2
映画「レディインザウォーター」のメッセージ6
小説「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは選ばれた少数者には、理想世界を築くための善悪を踏み越える権利が与えられていると考えました。彼はそのために金貸しの老婆を殺しますが、その後苦しむのは罪の意識からでなく、踏み越えきれない自分の不甲斐無さからでした。デイヴィッドは有り余る資金と十分な権力を獲得し、さらなる使命を求めてラスコーリニコフの後を追いました。彼は善悪の境界線を易々と踏み越えた上、管理システムまで用意してラスコーリニコフの悪夢(他の理想主義者が現れて世界を無秩序に陥れる)を封じることにしました。
ユダヤ・キリスト教の神ヤーウェは、生命を創造し、自身の恵みを贈与しようと計画しました。全能の神は世界の創造と同時にそれを実現することができたはずです。しかし善意の強制は悪でしかありません。そこで、人間に十分な選択の機会を与えるための「歴史」が創始されます。デイヴィッド・ロックフェラーはそんな選択の重要性を認識しながら、ヤーウェとは逆に最初に強制を置き、その後で限定的に選択を許そうと考えています。暴力から産み出された世界が平和から遠いように(「戦争を根絶するための戦争」が標榜された第一次大戦から世界はどこへ進んだのか)、強制から産み出された世界は選択と自由から遠いのにも拘わらず(自分以外の人間を信じられず人工知能に管理を任せたとしても)。
ドストエフスキーは、善を志向して悪を行うラスコーリニコフに「終りのときの獣(666)」を見出しました。デイヴィッド・ロックフェラーの罪の根源はここにあります。6番目の救世主ネオに自身を重ねた彼はそのことをとっくに自覚していたのでしょう。
(参考)"666"のメッセージ1
映画「レディインザウォーター」のメッセージ4 (「終りのときの獣」に自ら重ね合わせ)
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