2007年02月09日
映画「レディ・インザウォーター」(M・ナイト・シャマラン脚本・監督・製作)のメッセージ1
世界経営の要諦としての「物語」
久々に美しい映画を観ました。主人公は「物語」(ストーリーという名の海の精)。「物語」は登場と共に、人々に役割を与えます。人生の苦難に押しつぶされていた元医師の管理人に治癒者(ヒーラー)役を、筋トレオタクの住人には守護者(ガーディアン)役を、エスニック女性たちには七人姉妹(セブン・シスターズ)役をなどなど。「物語」は混沌とした世界(多様な民族出身者たちが勝手気ままに生活しているマンション)に見事な秩序をもたらします。
―と記事を書き始めるはずだった映画「レディ・インザウォーター」は、一晩経ってみると私の中でとんでもない作品に変貌していました。きっかけは「セブンシスターズ」です。この単語に何か引っ掛かるものを感じていた私は、翌朝ようやくそれが石油メジャーのことだったと思い到ります。そして物語の進行役であるマンション管理人の名前を思い出したときには、私の目はすっかり覚めていました。その名は「クリーブランド」(クリーブランド・ヒープ)だったのです。
作中に主人公ストーリーを治癒するために8人が「儀式」を執り行う山場のシーンがあります。中央に治癒者(男性)であるクリーブランド、背後でセブンシスターズ役の7人の女性が彼の肩に手を掛けて助力します。一旦気づいてしまえば、このシーンはどこからどう見ても、ミスタークリーブランドのロックフェラー(クリーブランドはロックフェラー家の本拠地)と石油メジャーによる共同儀式を意味しています。もしそう受け取られる可能性があると予測していなかったとすれば、監督は余程どうかしています。
作品ではセブンシスターズのうち5人はヒスパニック系の実の姉妹で、2人はインド系と韓国系の他人です。この構成は石油界のセブンシスターズのうち5社が繋がりの濃い在米企業で、他が外国資本であるのと相似です。ここは7人姉妹の設定で全く問題なかったはずですから、迂闊どころか、逆に監督は観客がこのサインを見逃さないようにと念を入れていることが分かります。(セブンシスターズが実は「ギルド」役だったとのプロットからも明白です。ギルドは「同業組合」の意)
では、彼らは一体何の儀式を執り行っていたのでしょうか。再生の儀式の対象となった主人公ストーリーの正体が鍵を握りそうです。海の精の「女王」(マダム・ナーフ)であると説明されているこの女性は、作品の主題に導かれて「物語の中の物語」である聖書を開くと、ヨハネ黙示録19章に登場する「女王」(地上の王たちを堕落させる「大淫婦」と非難されています)だと分かります。
この女王は”多くの水の上に”座っており(「海の精」の設定、「レディ・インザウォーター」のタイトル、スプリンクラーの故障と雨中のプールサイド、その雨を巡る意味深長な会話等々)、「七つの頭」を持った「赤い獣」に跨っている(ストーリーが赤毛のクリーブランドの上に足を乗せている殊更なカット)と記述されています。水の大淫婦と赤い獣、そして七つの頭―作品は登場人物たちを「善をもたらす者たち」として描いていますが、この善悪を転換させてみると、作品の儀式シーンの構図とヨハネ黙示録の当該箇所の記述が一致していることに気付かされます(水や七つの頭の解釈は作品のものです。念のため)。
これは作品が物語の典型要素を取り込んだために起こった必然の一致なのでしょうか?そうではない(つまり作品が意図してそのように描いている)と私が感じる理由は、ラストで重要な役割を果たす「守護者」の描写にもあります。彼はとても奇妙な人物として設定されています。右腕だけが筋肉隆々なのです(名前も右を示唆するReggie)。重曹メーカーのアーム&ハマーのロゴマークを想起させるための極端なデフォルメとしか言いようがありません(守護者レジーはハンマーの替わりに小型のバーベルを持っています)。

以前の記事で、映画「レジェンドオブゾロ」がロックフェラー(人名Ferroq)とアーム&(人名Armand)の組み合わせをメッセージしていると指摘しました。「アーム&」が実在する人物を指しているのは間違いありません。そのとき私が推測したのはアーマンド・ハマーで、今もその推測が妥当なのか調査を続けているところです。もしそれがハマーではなかったとしても、同じ組み合わせが映画「レディ・インザウォーター」でも出現した訳ですから、これは到底偶然では片付けられません。(誰がこのメッセージを繰り返し発しているのか、スタッフの重なりについても調べなければなりません)
(参考)「レジェンドオブゾロ」のメッセージ1
かくして、映画「レディ・インザウォーター」は以下のとおりメッセージしていると結論されます。
『ロックフェラー(ファーストネームは特定されず)とアーマンド某が協力して古代の女神を再生・回帰させた。何年か(10年?)の後、中西部(midwest)に住む少年が天啓を受ける。やがてその少年が長じて大統領(leader of this country)に就任し、国と世界を女神と一つにするための改革を行う。』
(旧約預言ゼカリア書5章には、邪悪そのものである女が、翼をつけた二人の女性によって別の場所へ運ばれると記されています。作品はこの翼の持ち主を大鷲と解釈したようです。アメリカ合衆国を明示したかったのでしょう)
このメッセージ理解に基づくと、ロックフェラーたちはヨハネ黙示録の役割を入れ替え、聖書が邪悪と断じる女王が世界を救う物語に書き換えようとしていることになります(また、ディヴィッド・ロックフェラーの信仰が邪教であるとの私の推測を補強するものです)。彼らにしてみれば、役割を入れ換えたのは黙示録の記録者たちで、自分たちの物語こそが最初から真正なものだと憤慨しているのかもしれません。しかし彼らの計画は世界の私物化に他ならず、たとえ実際に私たちに平和を与え得たとしても、替わりに服従を強要することは明らかです。
この物語は単なるお伽話(ベッドタイムストーリー)でも、机上の計画でもありません。911事件から始まり2008年に至る一連の事件をトリガーとして、彼らは米国と世界を変革しようとしていると、当ブログは何度も指摘してきました。映画「レディ・インザウォーター」からは、前世紀からの経緯(プロローグ)や上記の期間中一貫して大統領を務める人物とその役割、ロックフェラーの動機と心情などについての情報を新たに得ることができます。
(参考)たとえば グランドゼロのメッセージ1〜6
なぜ彼らが物語に拘る必要があるのか―その理由は作品に(そしてこの記事の冒頭に)描かれています。物語は多様な人々に秩序と安定を与える装置です。作品の内容から推し量ると彼らはアメリカだけではなく、世界を経営する心づもりのようです。そのためには世界を共通に括る物語がどうしても必要なのです。私はスピルバーグが21世紀最初の作品で取り上げた「人工知能(A.I.)」とそれに関連する「物語構築技術」をデイヴィッド・ロックフェラーが重視していると睨んでいます。
物語の力と彼らの知能を侮ってはなりません。ロックフェラーたちが逆恨みする人物として登場した映画・書籍評論家ファーバーの轍を踏まないよう、精々気を配ることにしましょう。都会的な装いと笑いの裏に底知れぬ恐ろしさを隠した真のホラー映画です。(とても残念です)
レディ・イン・ザ・ウォーター 特別版
久々に美しい映画を観ました。主人公は「物語」(ストーリーという名の海の精)。「物語」は登場と共に、人々に役割を与えます。人生の苦難に押しつぶされていた元医師の管理人に治癒者(ヒーラー)役を、筋トレオタクの住人には守護者(ガーディアン)役を、エスニック女性たちには七人姉妹(セブン・シスターズ)役をなどなど。「物語」は混沌とした世界(多様な民族出身者たちが勝手気ままに生活しているマンション)に見事な秩序をもたらします。
―と記事を書き始めるはずだった映画「レディ・インザウォーター」は、一晩経ってみると私の中でとんでもない作品に変貌していました。きっかけは「セブンシスターズ」です。この単語に何か引っ掛かるものを感じていた私は、翌朝ようやくそれが石油メジャーのことだったと思い到ります。そして物語の進行役であるマンション管理人の名前を思い出したときには、私の目はすっかり覚めていました。その名は「クリーブランド」(クリーブランド・ヒープ)だったのです。
作中に主人公ストーリーを治癒するために8人が「儀式」を執り行う山場のシーンがあります。中央に治癒者(男性)であるクリーブランド、背後でセブンシスターズ役の7人の女性が彼の肩に手を掛けて助力します。一旦気づいてしまえば、このシーンはどこからどう見ても、ミスタークリーブランドのロックフェラー(クリーブランドはロックフェラー家の本拠地)と石油メジャーによる共同儀式を意味しています。もしそう受け取られる可能性があると予測していなかったとすれば、監督は余程どうかしています。
作品ではセブンシスターズのうち5人はヒスパニック系の実の姉妹で、2人はインド系と韓国系の他人です。この構成は石油界のセブンシスターズのうち5社が繋がりの濃い在米企業で、他が外国資本であるのと相似です。ここは7人姉妹の設定で全く問題なかったはずですから、迂闊どころか、逆に監督は観客がこのサインを見逃さないようにと念を入れていることが分かります。(セブンシスターズが実は「ギルド」役だったとのプロットからも明白です。ギルドは「同業組合」の意)
では、彼らは一体何の儀式を執り行っていたのでしょうか。再生の儀式の対象となった主人公ストーリーの正体が鍵を握りそうです。海の精の「女王」(マダム・ナーフ)であると説明されているこの女性は、作品の主題に導かれて「物語の中の物語」である聖書を開くと、ヨハネ黙示録19章に登場する「女王」(地上の王たちを堕落させる「大淫婦」と非難されています)だと分かります。
この女王は”多くの水の上に”座っており(「海の精」の設定、「レディ・インザウォーター」のタイトル、スプリンクラーの故障と雨中のプールサイド、その雨を巡る意味深長な会話等々)、「七つの頭」を持った「赤い獣」に跨っている(ストーリーが赤毛のクリーブランドの上に足を乗せている殊更なカット)と記述されています。水の大淫婦と赤い獣、そして七つの頭―作品は登場人物たちを「善をもたらす者たち」として描いていますが、この善悪を転換させてみると、作品の儀式シーンの構図とヨハネ黙示録の当該箇所の記述が一致していることに気付かされます(水や七つの頭の解釈は作品のものです。念のため)。
これは作品が物語の典型要素を取り込んだために起こった必然の一致なのでしょうか?そうではない(つまり作品が意図してそのように描いている)と私が感じる理由は、ラストで重要な役割を果たす「守護者」の描写にもあります。彼はとても奇妙な人物として設定されています。右腕だけが筋肉隆々なのです(名前も右を示唆するReggie)。重曹メーカーのアーム&ハマーのロゴマークを想起させるための極端なデフォルメとしか言いようがありません(守護者レジーはハンマーの替わりに小型のバーベルを持っています)。
以前の記事で、映画「レジェンドオブゾロ」がロックフェラー(人名Ferroq)とアーム&(人名Armand)の組み合わせをメッセージしていると指摘しました。「アーム&」が実在する人物を指しているのは間違いありません。そのとき私が推測したのはアーマンド・ハマーで、今もその推測が妥当なのか調査を続けているところです。もしそれがハマーではなかったとしても、同じ組み合わせが映画「レディ・インザウォーター」でも出現した訳ですから、これは到底偶然では片付けられません。(誰がこのメッセージを繰り返し発しているのか、スタッフの重なりについても調べなければなりません)
(参考)「レジェンドオブゾロ」のメッセージ1
かくして、映画「レディ・インザウォーター」は以下のとおりメッセージしていると結論されます。
『ロックフェラー(ファーストネームは特定されず)とアーマンド某が協力して古代の女神を再生・回帰させた。何年か(10年?)の後、中西部(midwest)に住む少年が天啓を受ける。やがてその少年が長じて大統領(leader of this country)に就任し、国と世界を女神と一つにするための改革を行う。』
(旧約預言ゼカリア書5章には、邪悪そのものである女が、翼をつけた二人の女性によって別の場所へ運ばれると記されています。作品はこの翼の持ち主を大鷲と解釈したようです。アメリカ合衆国を明示したかったのでしょう)
このメッセージ理解に基づくと、ロックフェラーたちはヨハネ黙示録の役割を入れ替え、聖書が邪悪と断じる女王が世界を救う物語に書き換えようとしていることになります(また、ディヴィッド・ロックフェラーの信仰が邪教であるとの私の推測を補強するものです)。彼らにしてみれば、役割を入れ換えたのは黙示録の記録者たちで、自分たちの物語こそが最初から真正なものだと憤慨しているのかもしれません。しかし彼らの計画は世界の私物化に他ならず、たとえ実際に私たちに平和を与え得たとしても、替わりに服従を強要することは明らかです。
この物語は単なるお伽話(ベッドタイムストーリー)でも、机上の計画でもありません。911事件から始まり2008年に至る一連の事件をトリガーとして、彼らは米国と世界を変革しようとしていると、当ブログは何度も指摘してきました。映画「レディ・インザウォーター」からは、前世紀からの経緯(プロローグ)や上記の期間中一貫して大統領を務める人物とその役割、ロックフェラーの動機と心情などについての情報を新たに得ることができます。
(参考)たとえば グランドゼロのメッセージ1〜6
なぜ彼らが物語に拘る必要があるのか―その理由は作品に(そしてこの記事の冒頭に)描かれています。物語は多様な人々に秩序と安定を与える装置です。作品の内容から推し量ると彼らはアメリカだけではなく、世界を経営する心づもりのようです。そのためには世界を共通に括る物語がどうしても必要なのです。私はスピルバーグが21世紀最初の作品で取り上げた「人工知能(A.I.)」とそれに関連する「物語構築技術」をデイヴィッド・ロックフェラーが重視していると睨んでいます。
物語の力と彼らの知能を侮ってはなりません。ロックフェラーたちが逆恨みする人物として登場した映画・書籍評論家ファーバーの轍を踏まないよう、精々気を配ることにしましょう。都会的な装いと笑いの裏に底知れぬ恐ろしさを隠した真のホラー映画です。(とても残念です)
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1. Hummer H2 Commercial (Asteroids) [ アメ車のパーツみたいなカッコいいブログ。 ] 2007年02月11日 06:13
今日は早起きしたのでもう1本アップしておきます。これはH2です。とにかくカッコいい。あんまりカスタムし過ぎなくてもハマーはいいですね。やるとすれば、安全性の向上を狙ってやりますね。といっても、今は買えません。ということで、↑応援のポチをお願い...
2. セブンシスターズの輝き、土の精ノームの宴 [ ヒロさん日記 ] 2007年03月29日 05:47
田中宇の国際ニュース解説で、英米の石油資本の凋落と新たなる「七姉妹」の台頭について取り上げていた。
この記事へのコメント
1. Posted by zero
2007年02月09日 17:00
映画を製作した動機は何でしょうか?作中にそのヒントがあります。
海の精は自分たちの秘密を話すことを一切禁じられています。そこである女性が、こちらが尋ねることに身振りで反応してくれと持ち掛けて情報を引き出すのに成功します。
本作もこちらが立てた仮説が正しい場合は作中に対応する合図を見出すことができる仕掛けで、間接的に内部情報をリークして規則を回避しています。シャマランはスピルバーグとは少し立場が違うようです。
海の精は自分たちの秘密を話すことを一切禁じられています。そこである女性が、こちらが尋ねることに身振りで反応してくれと持ち掛けて情報を引き出すのに成功します。
本作もこちらが立てた仮説が正しい場合は作中に対応する合図を見出すことができる仕掛けで、間接的に内部情報をリークして規則を回避しています。シャマランはスピルバーグとは少し立場が違うようです。
2. Posted by zero
2007年02月10日 10:01
ヨハネ黙示録の淫婦とマダム・ナーフの重ね合わせは、ナーフがシャワールームに籠るカットを示すだけで十分かもしれません。何度も挟まれるこのカットで、彼女は文字通り「水の上に座って」います。
なお、「底なしの淵から上ってくる」淫婦に対し、ナーフもプールの底の排水溝のさらに奥から現れます。
なお、「底なしの淵から上ってくる」淫婦に対し、ナーフもプールの底の排水溝のさらに奥から現れます。
3. Posted by zero
2007年02月10日 18:18
名前の真の意味の隠し方が映画「アイランド」とそっくりです。
本作では「クリーブランド」を地名と直結させないように「語義」を不自然に解説しており(ただし次回記事参照)、ついでに「ヒープ」を映像で「ヒップ」に結びつけています。「アイランド」の「ジョルダン」のときも映像でスポーツシューズを見せ、バスケットへの連想を強化して観客を真意(ヨルダン)から逸らしました。
少数の特定の人間が複数の映画に関与しているようです。
本作では「クリーブランド」を地名と直結させないように「語義」を不自然に解説しており(ただし次回記事参照)、ついでに「ヒープ」を映像で「ヒップ」に結びつけています。「アイランド」の「ジョルダン」のときも映像でスポーツシューズを見せ、バスケットへの連想を強化して観客を真意(ヨルダン)から逸らしました。
少数の特定の人間が複数の映画に関与しているようです。

