2007年01月13日
ロックフェラーのメッセージ2
手法の継承
ロックフェラー帝国初代ジョンDのビジネス目標は「競争より協同」でした。それは一部業者の利益を確保しつつそれ以外の業者を排除することを意味しますので、むしろ「談合」と呼ぶべきでしょう。1869年の戦略決定後、彼の最初の動きは、有利な鉄道輸送料を餌に石油精製業者に談合を呼び掛けるものでした(SIC構想)。
<以下参照>ロン・チャーナウ著「タイタン」
結局この目論見に失敗したJDロックフェラーは、競合企業を徹底的に買収する独占戦略に転換する(クリーブランドの大虐殺)訳ですが、それでも彼は談合に拘り続けます。大虐殺から生き残った(実際には批判を避けるために生き残らせた)業者に対して、生産量の制限を取引条件に一定の利益を保証する協定を結ぼうとするのです。
さらに彼は生産者に目を向けます。1972年、彼が署名したいわゆるタイタスヴィル協定は、石油生産業者が自らに厳格な生産制限を課すことを条件にロックフェラー側が高値での購入を約束するものでした。(この試みも生産者側の足並みが揃わず、生産過剰を招いたために失敗します。そしてJDはこの川上をも傘下に収めることになります)
この石油の生産制限を柱とした協同体制づくりは、それから100年後に国際社会において華々しく登場します。OPECです。石油価格をコントロールするロックフェラーのお家芸が国家群スケールで再現され、その本領を発揮したオイルショックに深く関わったのがロックフェラー家の番頭キッシンジャーだったとなれば、この出来事は偶然では片づけられません。ロックフェラー率いる石油業界各社は石油価格の高騰により当時の経営危機から脱し、今に至るも恩恵を受け続けています。
(参考)1968年のメッセージ2
JDロックフェラーが開発し、第三世代が発展させたもう一つのお家芸に「架空の敵」があります。反トラスト法に違反したとしてスタンダード石油を告発した米連邦政府は罪状の一つに「架空のライバル企業によって取り引き制限を企てた」ことを掲げています。ジョンDが推し進めた独占はやがて猛烈な批判の的となりました。これを回避する妙手として考案されたのが、競合を創作することでした。
チャーナウは、天然ガス事業に進出したジョンDがオハイオ州トリード市で繰り広げた茶番劇を報告しています。二つのガス会社が当地での営業権を巡って激しく争っていました。そこで市民は適正な競争を期待し両社に営業権を分かち与えます。ところがその後、両社は共にロックフェラー傘下の企業だったことが判明したのです。
私たちはこの手口も現代に確認することができます。田中宇氏が指摘する米政界内のネオコン対中道派、次第に誰の眼にも明らかとなりつつある共和党対民主党、世界が長く幻惑された自由主義圏対共産主義圏、そして目下の米政府対アルカイダ―対立に見える多くの構図の裏側に私たちはトリード市民が見出したのと同じ黒幕を確認できます。架空の敵を作るなどという発想は、独占を目指して邁進した者、常にこれに伴う社会の批判と闘っていた者でなければ到底思い至らない特殊なものと言うことができます。
(参考)ビンラディン2006年1月声明のメッセージ
タイタン〈下〉ロックフェラー帝国を創った男
ロックフェラー帝国初代ジョンDのビジネス目標は「競争より協同」でした。それは一部業者の利益を確保しつつそれ以外の業者を排除することを意味しますので、むしろ「談合」と呼ぶべきでしょう。1869年の戦略決定後、彼の最初の動きは、有利な鉄道輸送料を餌に石油精製業者に談合を呼び掛けるものでした(SIC構想)。
<以下参照>ロン・チャーナウ著「タイタン」
結局この目論見に失敗したJDロックフェラーは、競合企業を徹底的に買収する独占戦略に転換する(クリーブランドの大虐殺)訳ですが、それでも彼は談合に拘り続けます。大虐殺から生き残った(実際には批判を避けるために生き残らせた)業者に対して、生産量の制限を取引条件に一定の利益を保証する協定を結ぼうとするのです。
さらに彼は生産者に目を向けます。1972年、彼が署名したいわゆるタイタスヴィル協定は、石油生産業者が自らに厳格な生産制限を課すことを条件にロックフェラー側が高値での購入を約束するものでした。(この試みも生産者側の足並みが揃わず、生産過剰を招いたために失敗します。そしてJDはこの川上をも傘下に収めることになります)
この石油の生産制限を柱とした協同体制づくりは、それから100年後に国際社会において華々しく登場します。OPECです。石油価格をコントロールするロックフェラーのお家芸が国家群スケールで再現され、その本領を発揮したオイルショックに深く関わったのがロックフェラー家の番頭キッシンジャーだったとなれば、この出来事は偶然では片づけられません。ロックフェラー率いる石油業界各社は石油価格の高騰により当時の経営危機から脱し、今に至るも恩恵を受け続けています。
(参考)1968年のメッセージ2
JDロックフェラーが開発し、第三世代が発展させたもう一つのお家芸に「架空の敵」があります。反トラスト法に違反したとしてスタンダード石油を告発した米連邦政府は罪状の一つに「架空のライバル企業によって取り引き制限を企てた」ことを掲げています。ジョンDが推し進めた独占はやがて猛烈な批判の的となりました。これを回避する妙手として考案されたのが、競合を創作することでした。
チャーナウは、天然ガス事業に進出したジョンDがオハイオ州トリード市で繰り広げた茶番劇を報告しています。二つのガス会社が当地での営業権を巡って激しく争っていました。そこで市民は適正な競争を期待し両社に営業権を分かち与えます。ところがその後、両社は共にロックフェラー傘下の企業だったことが判明したのです。
私たちはこの手口も現代に確認することができます。田中宇氏が指摘する米政界内のネオコン対中道派、次第に誰の眼にも明らかとなりつつある共和党対民主党、世界が長く幻惑された自由主義圏対共産主義圏、そして目下の米政府対アルカイダ―対立に見える多くの構図の裏側に私たちはトリード市民が見出したのと同じ黒幕を確認できます。架空の敵を作るなどという発想は、独占を目指して邁進した者、常にこれに伴う社会の批判と闘っていた者でなければ到底思い至らない特殊なものと言うことができます。
(参考)ビンラディン2006年1月声明のメッセージ

