2006年11月26日
1968年のメッセージ2
多極国際政治の旗手キッシンジャー
1945年から(実際はもっと以前から)、「共産主義」対「自由主義」(この言葉の怪しさは措くとして)の二元世界構造を創り出し、対立を煽ったのは、アイゼンハワー時代に国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスと、CIA長官を務めたアレン・ウェルシュ・ダレスの兄弟でした。二人の影響力が消えたのは弟アレンがニクソン政権の国家安全保障会議に名を連ねたまま死去する1969年1月29日。二極国際政治時代の終焉を告げる1968年革命とほぼ同時ということになります。
<参照>例えば桜井春彦著「テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない」(既出)
代わって彼の役割と組織を引き継いだのは、1969年1月20日発足のニクソン政権で国家安全保障担当大統領補佐官に大抜擢されたキッシンジャーです。前回の記事を投稿した後で改めてキッシンジャーの業績を振り返ると、彼の果たした役割はダレス兄弟が創出した米ソ対立構造をペンディングしながら(=デタント)、国際世界を多極化することではなかったかと思い至ります。1968年革命以前から以後へ、ダレスからキッシンジャーへの平行移行は過剰なまでにシンクロします。
多極化と言っても無闇にプレイヤーを増やすことをキッシンジャーはしませんでした。彼の視線は、中国と中東イスラムに真っ直ぐに注がれます。彼はこの二つの戦略プレイヤーを力を尽くして支援しました。中国との国交正常化については言うまでもなく、ベトナム戦争のカンボジアへの戦線拡大も実は中国支援策として断行されたのではなかったかと考えられます(米中国交正常化前の政策であったことは承知しています)。
アメリカがベトナム戦争に破れたことは既に政権担当者の共通認識でした。今も「出口戦略論」を唱えるキッシンジャーはアメリカ軍が引き上げた後のインドシナ情勢を考えたはずです。穏健な政権では、中国が最も嫌うベトナムの勢力拡大を阻止できないと読み、この地域一帯を不安定化させてファシズムであろうが共産主義であろうがベトナムに靡かない(あるいは対抗する)政権の樹立を構想したのではないでしょうか。それがカンボジアではクメール・ルージュとなって、構想通りにベトナムに敵対し、それを米中が支援する構図が実現しています。
<参照>エドワード・ハーマン「ポルポトとキッシンジャー」
中東イスラムに目を転じると、キッシンジャーの活躍と同時期に産油国が石油を戦略資源と初めて認識し、価格を統制することでその後の政権基盤を盤石にした史実が見出せます。私は以前の記事でその際にキッシンジャーが戦争による直接支配も辞さない構えだったことに触れました。しかし、石油価格の高騰が結果的に危機に瀕していた石油メジャーを救った事実を考慮するなら(これは現在も有効な伝統芸)、むしろキッシンジャーが産油国に知恵を授けたのではないか、強硬姿勢は単に煙幕だったのではないかとの疑問も湧きます。
この出来事と前後して、第四次中東戦争の調停に乗り出したキッシンジャーはイスラエルに譲歩を迫り、アラブ側に有利な結果を導きました。ここにはイスラエルの安全を確保しつつも、イスラエルの領土的野心、大イスラエル主義を抑える意図があったと推測されますが、何より中東イスラム諸国の安定を優先したものではなかったかと思わせられます。石油価格高騰への対処にしても、第四次中東戦争への対処にしても、苦渋の決断、仕方のない現実判断とのポーズの裏に、一貫したキッシンジャーの姿勢を透かし見ることができます。
*従いまして先の記事「フィクサーと新世界構想2」の一部を訂正させていただきます。ただし当該記事の趣旨はキッシンジャーが中道派ではないとの指摘にありました。この点について変更はありません。
両勢力への支援体制は、政権が変わっても引き継がれます。その結果、両勢力は順調に国力を増大させ、今や米国の仮想敵にも見立てられるほどの一人前のプレイヤーに成長しました。中国はその経済的・軍事的脅威がヒステリックに叫ばれる一方、新たな巨大市場として持て囃されてもいます。中東イスラム諸国は「文明の衝突」で煽られた後に911事件やイラク戦争で現実的脅威に仕立て上げられる一方、蓄積した巨大マネーで米国経済に浸透し、ブッシュ父子周辺との関係深化などを通して政権中枢に食い込んでいます。
キッシンジャーが、今もブッシュ政権に強い影響力を発揮し続けていると聞けば、その息の長さに驚かされると同時に得心も行きます。世界はキッシンジャーが設計したとおりに運営され、本質的には何も変化していないのです。これを以て一般の評価ではキッシンジャーは世界の未来を見通していたとなります。本当にそうでしょうか。彼は政権に外部からアドバイスするだけでなく、配下のネグロポンテを初代国家情報長官(CIAを管掌)に就任させるなど(盟友チェイニ―の存在はもちろん)、政権コントロールの手綱を緩めることはないのです。
<参照>「キッシンジャーがホワイトハウスに20回も出向き〜」
1945年から(実際はもっと以前から)、「共産主義」対「自由主義」(この言葉の怪しさは措くとして)の二元世界構造を創り出し、対立を煽ったのは、アイゼンハワー時代に国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスと、CIA長官を務めたアレン・ウェルシュ・ダレスの兄弟でした。二人の影響力が消えたのは弟アレンがニクソン政権の国家安全保障会議に名を連ねたまま死去する1969年1月29日。二極国際政治時代の終焉を告げる1968年革命とほぼ同時ということになります。
<参照>例えば桜井春彦著「テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない」(既出)
代わって彼の役割と組織を引き継いだのは、1969年1月20日発足のニクソン政権で国家安全保障担当大統領補佐官に大抜擢されたキッシンジャーです。前回の記事を投稿した後で改めてキッシンジャーの業績を振り返ると、彼の果たした役割はダレス兄弟が創出した米ソ対立構造をペンディングしながら(=デタント)、国際世界を多極化することではなかったかと思い至ります。1968年革命以前から以後へ、ダレスからキッシンジャーへの平行移行は過剰なまでにシンクロします。
多極化と言っても無闇にプレイヤーを増やすことをキッシンジャーはしませんでした。彼の視線は、中国と中東イスラムに真っ直ぐに注がれます。彼はこの二つの戦略プレイヤーを力を尽くして支援しました。中国との国交正常化については言うまでもなく、ベトナム戦争のカンボジアへの戦線拡大も実は中国支援策として断行されたのではなかったかと考えられます(米中国交正常化前の政策であったことは承知しています)。
アメリカがベトナム戦争に破れたことは既に政権担当者の共通認識でした。今も「出口戦略論」を唱えるキッシンジャーはアメリカ軍が引き上げた後のインドシナ情勢を考えたはずです。穏健な政権では、中国が最も嫌うベトナムの勢力拡大を阻止できないと読み、この地域一帯を不安定化させてファシズムであろうが共産主義であろうがベトナムに靡かない(あるいは対抗する)政権の樹立を構想したのではないでしょうか。それがカンボジアではクメール・ルージュとなって、構想通りにベトナムに敵対し、それを米中が支援する構図が実現しています。
<参照>エドワード・ハーマン「ポルポトとキッシンジャー」
中東イスラムに目を転じると、キッシンジャーの活躍と同時期に産油国が石油を戦略資源と初めて認識し、価格を統制することでその後の政権基盤を盤石にした史実が見出せます。私は以前の記事でその際にキッシンジャーが戦争による直接支配も辞さない構えだったことに触れました。しかし、石油価格の高騰が結果的に危機に瀕していた石油メジャーを救った事実を考慮するなら(これは現在も有効な伝統芸)、むしろキッシンジャーが産油国に知恵を授けたのではないか、強硬姿勢は単に煙幕だったのではないかとの疑問も湧きます。
この出来事と前後して、第四次中東戦争の調停に乗り出したキッシンジャーはイスラエルに譲歩を迫り、アラブ側に有利な結果を導きました。ここにはイスラエルの安全を確保しつつも、イスラエルの領土的野心、大イスラエル主義を抑える意図があったと推測されますが、何より中東イスラム諸国の安定を優先したものではなかったかと思わせられます。石油価格高騰への対処にしても、第四次中東戦争への対処にしても、苦渋の決断、仕方のない現実判断とのポーズの裏に、一貫したキッシンジャーの姿勢を透かし見ることができます。
*従いまして先の記事「フィクサーと新世界構想2」の一部を訂正させていただきます。ただし当該記事の趣旨はキッシンジャーが中道派ではないとの指摘にありました。この点について変更はありません。
両勢力への支援体制は、政権が変わっても引き継がれます。その結果、両勢力は順調に国力を増大させ、今や米国の仮想敵にも見立てられるほどの一人前のプレイヤーに成長しました。中国はその経済的・軍事的脅威がヒステリックに叫ばれる一方、新たな巨大市場として持て囃されてもいます。中東イスラム諸国は「文明の衝突」で煽られた後に911事件やイラク戦争で現実的脅威に仕立て上げられる一方、蓄積した巨大マネーで米国経済に浸透し、ブッシュ父子周辺との関係深化などを通して政権中枢に食い込んでいます。
キッシンジャーが、今もブッシュ政権に強い影響力を発揮し続けていると聞けば、その息の長さに驚かされると同時に得心も行きます。世界はキッシンジャーが設計したとおりに運営され、本質的には何も変化していないのです。これを以て一般の評価ではキッシンジャーは世界の未来を見通していたとなります。本当にそうでしょうか。彼は政権に外部からアドバイスするだけでなく、配下のネグロポンテを初代国家情報長官(CIAを管掌)に就任させるなど(盟友チェイニ―の存在はもちろん)、政権コントロールの手綱を緩めることはないのです。
<参照>「キッシンジャーがホワイトハウスに20回も出向き〜」
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この記事へのコメント
1. Posted by zero
2006年11月28日 21:47
丁度、最近の田中宇氏の記事に「アメリカの多極主義者は意図して中国を大国化しようとしている」とのコメントがあることに気付きました。ご参照ください。
田中宇の国際ニュース解説「中国の台頭と日本の未来」http://tanakanews.com/g1121china.htm
ジョゼフ・マッカーシー著「共産主義中国はアメリカがつくった」も参考になります。
田中宇の国際ニュース解説「中国の台頭と日本の未来」http://tanakanews.com/g1121china.htm
ジョゼフ・マッカーシー著「共産主義中国はアメリカがつくった」も参考になります。

